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「マニア」と「プロフェッショナル」

 「マニア」と聞けば「オタク」とか「アマチュア」のイメージが漂います。お金にはならないことに寝食を忘れて…という感じです。一銭にもならないにもかかわらず、心血注ぐ。そのピュアな姿勢には感服いたすのですが、どこか哀れな感じもいたします。
 一方「プロフェッショナル」と言いますと、技術レベルは別として、「お金を取れる仕事をする」って感じです。「タダでは動きませんよ」という割り切った姿勢が気持ちがいい。「それほど好きなわけではないけれど~」という醒めた雰囲気も秘めているかもしれません。
 さて「プロフェッショナル」よりも純粋で熱い情熱がありながら、「マニア」がなぜ「アマチュア」から脱することができないのかを考察してみました。
  ①時間がない…サラリーマンを続けながら、好きなことを仕事にするには時間の制約があるのではないか?
  ②甘い…マニアは好きで好きでしょうがないことにお金も時間もトコトン注ぎ込むのだが、自分が楽しむことに満足してしまい、他人の評価や他人を楽しませるという視点を持ち合わせていない。金を払うことは躊躇せず、金を払ってもらうことに躊躇します。
  ③社会に貢献するという意識が弱い…
 仕事は経営者でも従業員でも、どんな仕事であっても社会に役立っていると認識しながら勤めるのが普通です。「マニア」はあくまでも自分が楽しむことが第一である。社会との関係は全く無頓着なことが多い。「単なるマニア」から抜け出すには「社会に貢献する」という視点で自分自身を見直すことが有効のように思います。「マニア」は「マニア」でいることに満足して抜け出す気持ちがさらさらない。このことが実は大きな問題です。「好きなことを仕事にすることはできない」という常識を疑ってかかる気持ちが必要です。いつのまにか、仕事とは「我慢」「苦役」「労苦」になってしまいました。その労苦の片隅で人目を忍んでマニアに変身する。つまりマニアは仮の姿で表に出てはならないという常識の下で我々は生きています。マニアを表現している「趣味人」「風流人」「自由人」は羨しがられつつも世間のはみ出し人間なのです。誰もが遊んで暮らすことができるような社会はできないでしょう。しかし、誰もが好きなことを仕事にする世の中を作り上げることは可能です。
 遊んで暮らすよりも「生きがい」「やりがい」を感じながら、働く方がはるかに楽しい。「マニア」はやり方次第で楽しみながら「プロフェッショナル」に生きることが可能です。

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