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献上図式(初代伊藤宗看)

 三世名人初代伊藤宗看は「将棋駒競」を徳川家光に献上しました。これまでの詰将棋は詰むかどうかが最大のポイントでした。しかし、初代宗看は「詰め上がりに攻め方の持ち駒が余らない」という新しい決め事を取り入れました。
 このことは「将棋」から「詰将棋」が少し離れて歩き出した一歩と考えられています。つまりそれまで「詰将棋」は「将棋」の一局面とか将棋が強くなるための修行の位置付けとされていたわけですが、「詰将棋」が「作品」として歩き出したというわけです。持ち駒が余らないということを作者に義務付けることは作る側には大きな制約です。それだけに単なる謎解きだけではなく格調の高さを要求されるようになったと思われます。
 パズルの優秀性の優劣には解いた側に爽快感や満足感の大小が重要な意味を持ちます。詰将棋の「解答手順は唯一」を最初から意識した初代大橋宗桂とともに初代伊藤宗看の「持ち駒を使い切るのが正解手順」は詰将棋にとって大きな一歩となりました。(つづく)

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