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「メールの切れ目が縁の切れ目」

 江戸期の通信手段は飛脚でした。一通の手紙を遠方まで足で運んでもらうというのはとんでもない人件費がかかります。伝書鳩とか手旗信号などの手段もありましたがこれもまた不確定な要素も多い。
江戸と薩摩藩とのやり取りなど他に手段がなければ人が何日もかかって手紙を運んだことでしょう。費用を思えば公的な伝達などよほどの緊急の用件か恵まれた風流人でなければ手紙のやり取りは思いもよらないことだったかと思います。
 さて現代では携帯電話、携帯メール、PCメールなど驚くほど便利になったものです。庶民でも遠方にいる人にも瞬時に時候の挨拶もできますし、趣味の交流も可能です。
そんな便利になった今日ではありますが、いろいろと危険な要素も内在しているように思います。私などはIT音痴の権化のように言われていますので機械の不具合に右往左往もしばしばです。また発信したメールが届いているのかどうか、確信できないこともお互いにあるのではないでしょうか?私としてはなるべく短い文でも早めに到着を知らせる返事をするように心掛けてはいますが、これもまた短い文では真意が伝わらず誤解を生じる危険性もあります。
 よくあるパターンは一方が受けたメールに返事をしなかったために友好な関係が悪化してしまうケース。
江戸時代の庶民は手紙を受け取るなどは一生に一度か二度でした。今や一日に何十通ものメールをやり取りする人も珍しくありません。私は必要な場合以外はできる限り返事が不要なスタイルにて発信します。そして返事がなくても「きっと忙しいんだろうな」と思うようにしています。
せっかく便利な社会になったのに機械の不具合やメールの返信トラブルで人間関係がうまく行かないのは残念なことと思います。
「メールの切れ目が縁の切れ目」のような寂しいことにならないようにお互いに注意したいと思います。

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