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献上図式(争い将棋)

 徳川幕府の保護を受けた将棋所の御三家ですが、のんびり将棋を指したり、ゆっくり詰将棋を作ったりと優雅な世界というわけには行きません。大橋本家、大橋分家、伊藤家の名人を巡る争い将棋、家元の中での跡目争い、在野棋士の道場破りなども血で血を洗う命懸けの対戦でした。
 伝えられる争い将棋の中で一番悲壮なのは有名な「大橋宗銀と伊藤印達の五十七番指し」です。四世名人五代大橋宗桂の息子大橋宗銀、五世名人伊藤宗印の息子伊藤印達が将来の名人の座を争った戦いでした。伊藤印達は天才兄弟「宗看」「看寿」の実の兄です。天才一家に生まれた長男の悲壮な人生でした。争い将棋の過酷な運命に巻き込まれた二人は印達16才、宗銀20才の若さで命を落としてしまいました。この勝負は名人の座にあった宗印、次期名人と言われていた大橋宗桂の代理戦争であったと言われています。
 現代のプロ棋士も小学生から中学生時代に頭角を表して修行の道に入っています。今も昔も変わっていないのかもしれません。(つづく)

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