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献上図式(才能と血筋)

二代伊藤宗印一家は5人の息子達がすべて家元棋士というとんでもなく天才家族でした。さらに詰将棋の実績から見ますと父親の宗印が「将棋勇略」を献上し、さらに成らず百番で有名な「将棋精妙」も発刊しました。次男はあの「無双」の宗看。四男は大橋家に養子に入って八代大橋宗桂を名乗った伊藤印寿。名人にこそなれませんでしたが「将棋大綱」を献上していますから、立派な指し手として大橋家を継ぐ実力があったかと思います。五男は「図巧」の看寿。一家で江戸期を代表する詰将棋500番を残すという偉業でした。
さてこのようなことから将棋の才能はやはり血筋なのでしょうか?それとも生まれ育った環境に恵まれていたからでしょうか?生まれながらにして名人になれるならまだしも家元の中での跡目争い、御三家の争い、在野棋士の挑戦を考えますと名人を目指すことの苦労は並大抵ではなかったと思います。才能に恵まれ、好きな道というのであれば幸せな人生ですが、無理矢理に将棋一筋の世界に引き込まれた人の悲劇も少なからずあったに違いありません。また全く肌が合わず将棋の道には進まなかった人もいたと思われます。魚屋を継ぐとか八百屋を継ぐならば引き継ぐべき資産や得意先もあったりして、ある程度目算も立つかもしれませんが、芸事の世界は一からの才能ですから、ものになるかならないか博打のようなものと思います。(つづく)

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