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献上図式(衰退の謎)

1800年代、江戸期の詰将棋は衰退期に向かいます。九世名人大橋宗英は「詰物なんぞ、君仲でも作る」と発言して名人なのに献上図式を廃止してしまいました。このことから、大橋宗英は江戸後期の詰将棋衰退のA級戦犯として語られます。家元の本筋は将棋所を守り抜くこと…とプロ棋士としての本望を貫いたのだと思います。江戸期の歴代名人の中でこの大橋宗英と鬼宗看と言われた三代伊藤宗看の二人が指し将棋の実力で双璧と評価されています。
 さて君仲とは家元棋士の桑原君仲で九世名人八代大橋宗桂の弟子でした。棋力四段と言われています。「将棋玉図」と「将棋極妙」の二百番を残しています。大橋宗英は君仲を軽視したように伝えられていますが、実際には「君仲の詰将棋は素晴らしい!かなわんわ~」と褒め称えただけだったのではないでしょうか?そして本音は「歴代献上図式や君仲に劣るような詰将棋を献上しては名人の名前に傷がつく。ワシは献上図式はやめとこ」だったからでしょう。
 そんなわけで1800年代の中頃、将棋所も巷の詰将棋作家も衰退に向かいました。そして幕末とともに将棋所も廃止され、家元はスポンサーを失いました。将棋も詰将棋も暗黒の時代に入りました。(つづく)

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