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戦国の名物男、前田慶次

学校で習った歴史には出てこなかった人物ですが戦国武将に前田慶次という人がいます。前田利家の長兄利久の養子という立場にいながら信長が「利家を跡継ぎにせいっ!」と指令したために利久と慶次親子は前田家を14年間も離れるという境遇となってしまった人物です。そして生誕については生年がはっきりせず、死去の年も場所も加賀と米沢に残っている資料に食い違いがあり、二説あるという謎の人物です。
 しかしながら、逸話が多く残っています。その人となりは誠に豪快で面白い。赤塚不二夫のギャグ漫画をそのまま実行してきたような人です。14年の後、前田利家が加賀の城主となった頃に前田家に帰参して前田利家の影武者の役を担ったと言われています。
 そして「ワシは利家の影武者じゃあ~」と。(影武者はパラしてしまってはあかんわ)武将でありながら風流な文人。「無苦庵記」「前田慶次道中日記」が残っています。
 そして再び1590年頃、慶次は再び前田家を出て京都に行きます。この時、前田利家の大事にしていた名馬を黙って持ち出したという逸話もあります。関ヶ原の戦いの前には上杉家に仕えることになります。直江兼続との親密な関係、義を重んじる上杉家に惚れ込んでのことでした。
 さてNHKの大河ドラマ「天地人」の原作には前田慶次は登場するのですが、登場人物のキャストを見る限りドラマには出てこないようです。生誕のはっきりしない人物は教科書には載せないという意味もあるのでしょうか?こんな人物こそ伝えていく価値があるように思います。

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