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ロンドン五輪

 ロンドン五輪のバドミントンで無気力試合が問題となって4チームが失格しました。そのお陰で日本の藤垣ペアが銀メダル獲得しました。その不祥事の煽りで女子サッカーの佐々木監督が予選リーグにて引き分け狙いの指示をしたことが微妙に話題になりました。 
 スポーツや勝負事の世界では時折、話題となるこの種の話ですが、「正々堂々」とか「フェアプレイ精神」とか「スポーツマンシップ」とかの大原則は「何のためにやるか」を考えたら自然に結論が出るはずです。佐々木監督は日本の女子サッカーをここまで育て上げたという点で大いなる貢献したと思います。しかしながら、引き分け狙いは少々味噌をつけました。バドミントンの無気力試合がなければ…話題にならなかったと思います。八百長とか手加減とか純粋にその道を極めようとする人間にとっては無縁のものでなくてはなりません。米長哲学はまさに正しいと思います。
 佐々木監督を擁護する声もあります。「それも戦略」「指示を的確にメンバーに徹底して引き分けを実現した統率力」などなど。佐々木監督の「何のために」は「勝ち進むこと」「メダル獲得」なのでしょうか?「メダル獲得による経済効果?」……。私としては佐々木監督の「何のために」は「メダル」や「勝ち負け」ではなく「やまとなでしこ」の皆さんに大和魂という伝統を植え付けることであってほしい。
 別な話ですが、100m、200mで圧倒的な強さで金メダル獲得のウサイン・ボルトさん。その強さには脱帽なのですが、予選では全力ではなく、明らかに流しているという感じでゴールしました。あの予選の余裕はあれでいいのでしょうか?一緒にレースをしている人に失礼ではないかと思います。全力を尽くさないのはスポーツマンシップと言い難い。
 話は戻りますが、引き分け狙いで勝ち進むことを優先するようなチームに伝統など根付かない。何年か後には再び低迷期に陥るに違いありません。そして「あの頃は強かった」と佐々木監督の評価が上がってその時の監督は評価されません。何はともあれ佐々木監督には米長哲学を勉強してもらいたい。

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