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中見利男著「老舗の品格」(日本文芸社)を読んで

 著者は相次ぐ企業不祥事、特に食品関連の不祥事を例に上げて日本の企業が失ってしまった企業精神について言及しています。
 <1>消費者第一という精神は国際競争の厳しさに埋没してしまったのか。
    創業精神はどこにいってしまったのか。
 <2>経営者が利益の追求にのみ汲々として社会への貢献あるいは人を育
    てるということが忘れられていないか。
 本著の後半に明治時代の後期に来日して滋賀県近江八幡市にて近江兄弟社の設立など大きな貢献をしたアメリカ人宣教師ヴォーリス氏の活躍と近江商人の精神について取り上げています。
 私は滋賀県に住んで15年になりますが、今まで近江八幡市は水郷巡りの観光地としての認識しかありませんでしたが、本著にて歴史的な価値、近江商人発祥の地として大きな興味を持ちました。そこで近江八幡市、五個荘の商人屋敷等を訪問いたしました。
 近江商人の精神は<三方良し><先義後利><質素倹約><始末してきばる>など商家の主としての心構えのみならず、奉公人、家人を含んでの心構えが家訓として代々受け継がれております。
 <三方良し>とは<売り手良し><買い手良し><世間良し>という精神です。そこには主人と奉公人の立場の違いはあるものの、目指す方向は同じであり、守るべき生活態度は同じであるように感じます。
 そして現在の不祥事を起す企業にありがちな<法律に触れなければ>あるいは<法律すれすれ>もしくは<法律に背いてでも>利益を出せばいいという経営者の感覚は微塵もないように思います。
 近江商人の精神を伝える「てんびんの詩」というビデオがあります。商家の後継者と目される人が必ず通らなければならない修行を感動的に現しています。この修行は小学校卒業と同時に一人でてんびん棒に鍋蓋を担いで売れるまで売りに出歩くというものです。主家の得意先に出向いたり、親戚に頼みに行ったりしますが、売れません。「これは<修行>だから追い返してもらいたい。」と前もって手が打ってある訳です。
 この修行を通じて主となる人は物を売るとはどういうことかを学びます。そしてこの物語では同時に主の教育を代々続けていくことの重要性、商人道は短期的なものではなく末永く続けることを伝えます。つまり創業者の家訓を守り続けることがいかに大切かを訴えています。
 不祥事を起こした企業では創業者の家訓が埃にまみれてしまい、2代目3代目の後継ぎ経営者が現代の風潮に惑わされて利益の追求に走った結果という構図が多く見られるように思います。
 ヴォーリス氏は来日2年で宣教師であったがために高校教師を解雇されますが、この地に根を下ろして建築家として実業家として活躍します。同氏が近江商人の精神に感銘を受けていたからと言われています。その精神は単なる利益追求の企業ではなく、社会貢献であり、将来を担う人材の育成でした。
 本著は昨今の利益至上主義に警鐘を鳴らし、激動の現代にあっても創業者の家訓を守り抜くことがいかに重要かということを述べています。近江八幡市、近江商人、ヴォーリス氏・・・・。現在の日本が忘れてはならない大切にすべきものを教えてくれました。

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