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竜王戦観戦天童旅行記(平成20年12月25日)

1.竜王戦羽生さん残念無念
 羽生さんは、12月18日、天童市で行われた竜王戦第七局、渡辺竜王との激闘の末、3連勝4連敗という予想外の結果で敗れ、前人未踏の永世七冠王獲得なりませんでした。
 今回の羽生さんにはあと1つとなった竜王獲得による永世七冠王獲得に焦点を絞り何がなんでもなりふりかまわず取りに行くというような気合を感じました。
 そして、激戦を勝ち抜いて挑戦者となり、さらに絶好調で渡辺竜王を3連勝であと1つと渡辺竜王を追い詰めた時は誰しもがもう決まりと思ったに違いありません。今シーズン、13ゲーム差をつけて独走しながら逆転された阪神タイガースのように。そしてまた第七局も渡辺竜王を土俵際に追い詰めた後の大逆転負けであっただけに羽生さんの敗戦ショックは想像の範囲をはるかに超えるものです。

2.挑戦者になる大変さ
 タイトル戦で挑戦者になる大変さは棋戦によってその決定方法が異なりますので一言では言い表せないのですが、竜王戦の挑戦者決定戦の熾烈さは決勝5番勝負に進むまでは負けたらおしまいというトーナメントの厳しさにあると思います。
 羽生さん自身が「挑戦者になるのが大変」と言っています。羽生さんは今年、王座戦で17連覇というこれまたとんでもない記録を更新しました。17年間、その年の絶好調の挑戦者を相手に勝ち続けることは大変なこととは思いますが、その羽生さんにして「挑戦者を退けることも大変ながら、勝ち抜いて挑戦者になることは大変。」 と考えているのでしょう。

3.気負い
 羽生さんは38才。渡辺さんは24才。羽生さんにしてみればこの年齢差、そして挑戦者になる大変さを考えた時、ここで<今年永世七冠を取りに行く>という気持ちは名人戦で森内さんを破り、あと竜王1期のみとなった時点で大きくなったと想像しています。
 この夏、竜王戦の本戦トーナメントと同時に進行していた王位戦で羽生さんは挑戦者として深浦さんに挑戦しながら、3-1と不調の出だし、そして3-3に戻しながらも昨年に引き続き深浦王位に敗退しました。そして同時期に深浦王位とは竜王戦本戦トーナメント準々決勝で顔を合わせ羽生さんが勝って駒を進めました。羽生さんは王位戦のタイトル奪取よりも竜王戦本戦トーナメントに集中していたようにも思われました。

4.技術よりも精神力の勝負
 今回の対局では、羽生さんが食事に手をつけなかったという情報が漏れ聞こえました。かつて大山名人は相手対局者にあえて見せつけるように大食をしたと伝えられています。
 将棋の技術的な所の勝負よりも<ぐっすりと眠れるかどうか><食事が喉を通るかどうか>という精神的な所が勝負ではないかとも思います。対局者は<温泉でゆったりと・・・><一流の料理を・・・>とは程遠い世界にいるわけです。
 今回の羽生さんは、永世七冠へのこだわりが異様に強く、平常心を失っていたのではと推測します。今までの快進撃は相手との対局というよりも将棋の神様と対局という勝負を超越した境地にいたのではないかと思います。
 羽生さんは、第四局の終盤、優勢になった局面で指がかすかに震えた・・・と伝えられました。しかしながら、その後に渡辺さんは強靭な粘りを発揮し、打歩詰に誘導するなど際どくスルスルと逃げます。そしてついに羽生さんは大逆転負けを喫します。
 この時、まだ1-3。まさか永世竜王が遠のいてしまったとは思わなかったでしょう。<1週間ほど延びた>と思っただけだったかもしれません。

5.羽生ファン大集合
 羽生ファンの私としては、3-3となった12月11日、いてもたってもいられず山形県天童市滝の湯ホテルに世紀の対局を観戦に行く計画を立てました。
 私は、タイトル戦の観戦は始めてのことです。NHKの生中継が初日、2日朝、夕方と予定されていました。解説陣も入れ替わり立ち代りで豊富です。淡路九段、西村九段、藤井九段そして阿久津六段、村山五段。女流の早水二段、中村二級。
 2日目には、さすがに大勢の将棋ファンが大盤解説会場を埋め尽くしました。入場者数は400名を超える。遠くは九州大分から、北海道からも数人、他県からの来場が過半数の様子。羽生ファンと渡辺ファンの比率は6:4。羽生ファンの永世竜王誕生および永世七冠王達成の期待が大きかったと思われました。

6.羽生さんの駆け引きか?
 羽生さんは盤上が100%という考え方です。大山名人はありとあらゆる番外作戦で若い挑戦者を次々と退けたと伝えられています。
 今回、羽生さんは封じ手の「9一と」に43分考えました。藤井九段はこの手しかないとほぼ断定していました。このことで当初思ったのは封じ手を自分がするという羽生さんの作戦(番外作戦というほどではありませんが)であったと思いました。この手しか考えられない場面で43分は浪費ではないかと。そして結果論ですが、終盤の1分将棋で若い竜王と戦うのは不利ではないかと。
 しかし、後から考えますと羽生さんは「9一と」以外のもっと上手い手があるのではないかと時間をかけて読んでいたのだと思います。どちらが封じるかという時間の駆け引きではなく、純粋にこの局面での最善手を考えていたのではないかと思い直しました。それは解説者の直感よりも対局者の指した手の方に意外性があったり、良い手があることが多いということです。つまり、<貪欲にもっといい手がないかと読む>。


7.形勢二転三転
 封じ手から2日目の午後の中盤戦は渡辺有利で展開。しかし、夕方の放送が開始されて終盤には羽生有利との藤井九段の判断。
 テレビ中継の終わり頃18:30。なんとか放送時間内に終了まで中継したいという思惑がNHK関係者から流れる。つまり、渡辺竜王の投了もあるかと。放送終了間際の藤井九段「二転三転したが、もう羽生勝ちで決まり」。
 放送を見終わった将棋ファンは羽生永世七冠達成を信じていたのではないでしょうか。
 ところが放送終了後、羽生さんに寄せの緩手がでて再び逆転。はっきり逆転したものの双方粘りを発揮して決め手を与えない・・・。延々と双方1分将棋が続きます。しかし、もう羽生さんに勝ちの流れは戻ってくることはなく無念の投了。
 「大山将棋には終盤が二度ある。」という大山名人の終盤の粘り腰を表す言葉がありましたが、渡辺さんの終盤の粘り腰は大山さんを思い出させました。

8.羽生さんの執念
 1995年、王将以外のタイトルを六つ獲得していた羽生さんは王将戦の挑戦者となり、七冠王のチャンスをつかみました。対戦相手は谷川王将。直前に阪神大震災で被災しながら懸命に戦う谷川さんを声援する声が大きい。その声援に応えた谷川さんが王将を死守しました。そしてその後の一年間、羽生さんは6つのタイトル防衛戦をすべて防衛してさらに王将戦の挑戦者決定リーグ戦にも優勝して2年連続して七冠王に挑戦することになりました。
 将棋ファンは、やはり七冠王は奇跡、困難を極めるものと見ていたのですが、2度目の挑戦になって七冠王誕生を待望する声援に変わりました。そして七冠王が誕生しました。
 今回、羽生さんが永世七冠にあと1手まで何度も手をかけながら劇的にも逃してしまいました。羽生さんがショックから立ち直るのを期待する将棋ファンの声は大きいと思います。1996年に見せたあの羽生さんの執念を2009年に再び見せて欲しいと思います。不死鳥のように。

<おまけ>(続)天童市の詰将棋
 天童市の姿については何ヶ月か前に報告しました。天童市には街のいたるところに将棋の駒の形のモニュメントがあります。<王将ホテル><焼肉王将苑><焼き鳥歩兵>などお店の名前が将棋関係ズラリなのです。
 また、詰将棋が街のあちこちにあります。私が見つけた限りでは電柱に張りつけてあるのが約20題。歩道にも約20。そして公園にもプロ棋士出題詰将棋が15題。そして将棋関係の資料館の中にも。将棋ファンにも詰将棋ファンにも楽しい街、天童でした。

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