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アマチュア棋士秋山正雄さん死去

 東海市在住の秋山正雄さんが今年の2月に亡くなられました。先月、奥様からの電話連絡で知りました。実は奥様も丁度同じ時期に入院されておられ、つい最近退院されたとお聞きしました。
 秋山さんと私は将棋部のメンバーとして名古屋の職域団体戦に何度か出場いたしました。秋山さんは若い頃に新聞社主催のアマチュア将棋大会で優勝してそのご褒美に東京で大山名人に直々に指導将棋を受けたという素晴らしいエピソードがあります。そんな圧倒的強さの秋山さんですから、団体戦のメンバーの中ではもちろん主将格でした。
 そして団体戦の作戦上(主将はMさん、私は5番)副将として出場し、1勝を確保する重要な役割でした。ところが秋山さんは序盤で絶対有な局面を作りながら、持ち時間をたっぷり余らせて一番最初に投了してしまって手持ち無沙汰にされている光景が印象に残っています。後で聞いてみますと<すっかり有利に展開して油断して大ポカした>とおっしゃっていました。何とも升田先生を思わせる秋山さんでした。
 さて、秋山さんは古い詰将棋パラダイスの会員であり、故鶴田諸兄氏とも面識があったようです。裏表紙の編集日誌に秋山さんの名前が時折見られました。
 私が詰将棋の大ファンで、詰将棋収集家でもあることをお話しましたら、詰将棋収集家には喉から手が出るほどの貴重な詰将棋書(創刊当時の詰将棋パラダイスなど)をポンと約100冊ほど頂きました。もちろん今も大切にしています。
 また、私の詰将棋創作には関してはなかなか厳しいご指導を頂きました。この解けてうれしい詰将棋(当時今月の詰将棋)を開始した頃、<やさしすぎる!もっと考えさせる問題を出したらどう?懸賞問題なんだから・・・>と。またプロ棋士の作品紹介コーナーに誤植があってえらくお叱りを受けたこともありました。それだけに秋山さんに稀に<今月は好作!>と褒められた時はうれしく思いました。
 その後、秋山さんが会社を退職されてから、中田七段の駒落将棋教室にお誘いしましたが、体調がすぐれなくてご出席頂けなかったのは大変心残りです。
 秋山さんは将棋に限らず、物事に対して妥協を許さないという姿勢を貫いた方だったように思います。<自分に厳しいだけに他人にも厳しく言える>というタイプでしょう。
 いろいろと大変お世話になり本当にありがとうございました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

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