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本多正純と横手市

 2年前に江戸幕府の名参謀として名高い本多正信、正純親子について書きました。家康、正信の死後、正純は幕府の中枢から外されて宇都宮15万石の大名となります。そして少しずつ歯車が狂い、宇都宮釣天井事件の陰謀により、現在の出羽横手(秋田県横手市)に幽閉されたと言われています。
 その時に、正純の身柄を預かったのが佐竹義宣でした。一時は天下人家康の側近として権勢を振るった正純ではありますが、秋田県から見ますと馴染みの薄い人物なのかもしれません。問題が勃発すればそれを理由に領地没収を企む江戸幕府と佐竹家の虚々実々の応酬が背後にあったと思います。

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