スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

▲PAGE TOP

羽生さん大山名人の大記録に並ぶ

 羽生さんが挑戦中の王位戦で広瀬王位に4―3で勝利しました。この勝利で大山名人に並ぶタイトル獲得80回となりました。偉大な記録に並んだ歴史的な瞬間でした。大山名人が亡くなられてすでに20年近くになります。大山名人の数々ある記録の中でもこの大記録だけは抜かれることはないと思われていた大記録でした。新聞テレビなどでも大きく取り上げられるべき話題と思います。

 さて、現在始まっている渡辺竜王の挑戦を受けている王座戦。タイトル獲得81回という新記録とともに20連覇というとてつもない大記録もかかっています。まず第一局は渡辺さんが勝利しました。

 大山名人の最晩年。47才年下の羽生さんが華々しくデビューして活躍し始めた時、驚くべきことに大山名人はA級棋士として活躍していたのです。NHK杯戦では羽生さんと対戦もありました。(羽生さんの勝利)
 大山名人が亡くなったのが1992年7月。王座戦連覇の足がかりとなったのは1992年9月の王座戦でした。この時、羽生さんは福崎文吾現九段から奪取し、以来19年間タイトルを守り続けてきました。

 将棋界のイメージアップに大きく貢献したあの「七冠王」は1996年でした。大山名人は羽生さんの七冠王を知らずに亡くなりました。

 大山名人は羽生さんが自分の記録を塗り替える存在という認識はあったのでしょうか?また、大山→中原→谷川→この流れを大山名人はどのように見ていたのでしょうか?おそらく「この次は羽生」と思っていたことでしょう。しかし、世代交代が早くなっている現実を考えると69才まで第一線で頑張ってきた自分の記録は破られないと思っていたと確信します。

 つまり、「次から次へと世代交代が進んでいく」「タイトルの数は増えても奪い合いが常となる」「第一線で長くタイトルを争う地位に留まることは難しい」「羽生時代が来たとしてもすぐに次の世代が台頭する」……「自分が築いてきた数々の記録は破られるはずがない」と信じて鬼籍へ旅立ったと思います。

 大山名人は講演や著作の中で「一時期強いというのは一時力といって誰にでもある。頂点を維持してこそ強者である一流の条件として長く続けること」という意味のことを繰り返し発言されていました。頂点を長期間維持してきた大山名人ならではの言葉と言えるでしょう。

 大山名人には66才タイトル挑戦という最年長記録もあります。このように晩年までタイトルを争った大山名人の記録は偉大です。そしてその偉大な記録の一つに40才という年齢で追いついた羽生さんに感動です。大山名人が残した前人未踏と言われた記録がまだまだあります。羽生さんはもちろんのこと若手棋士の皆さんにも大いに期待するところです。
 羽生さんが66才タイトル挑戦の記録を更新した時、私は83才です。私も頑張って生きていこうと思います。

タイトル10期以上棋士

▲PAGE TOP

«  | Home |  »


まとめ

Contents

  随 想
  詰々草
  風流旅日記

Admin

検索フォーム

アーカイブ

 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。