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ジョンケ先生の一周忌

昨夏に亡くなった<ジョンケ>の一周忌に行ってきました。彼は高校のラクビー部で厳しい練習に耐え抜いた仲間でした。
 同じ仲間の4人と奥さんと思い出話に花が咲きました。なぜ彼が<ジョンケ>と言われるようになったのか昔から諸説ありました。高校時代その謂れが知られないまま誰もが彼のことを親しみをこめて<ジョンケ>と呼びました。そして彼は若くして人脈も地縁もない横浜で開業しました。横浜では誰も彼のニックネーム<ジョンケ>を知らないはずでしたが、「<ジョンケ先生>と呼ばれていた」と奥さんからお聞きして笑ってしまいました。
 彼の人となりについては全員の意見が一致しました。無口で自分を主張することはほとんどないが内に秘めたファイトは並々ならぬものがありました。25歳そこそこで自分の力で歯科医院を開業したのは彼の一大決心であるとともにそれを支えた奥さんのご苦労、またそこを見込んでの奥さんへのプロポーズも日頃は自分を出さない彼には一大決心だったと思います。
 彼のポジションはフルバックでした。野球で言えば後ろから全体メンバーを見渡すキャッチャーのようなポジションです。キャプテンではなかったですし、口数も少ない彼でしたが、試合になると、すぐ前のポジションの我々に激励なのか、警告なのか、気合いなのか?厳しい言葉を発していました。そう言えば彼は「裏声のジョンケ」とも呼ばれていました。「何のために俺たちは苦しい練習に耐えてきたんだ!」勝利の執念が人一倍強かったのだと思います。彼のラクビーへの真剣さが伝わってきました。
 表面的にはあまり自己主張しない性格のように見えましたが、どっこい自分をどこまでも貫き通すという人でした。 彼は30数年、歯科医師として見事な一生でした。1年前このブログにジョンケが亡くなったことを実名で掲示しました。しばらくして見知らぬWさんから「突然ですが…」とメールが届きました。当初、知らない女性からですからてっきり迷惑メールと思いました。ところが実は彼の患者さんでした。Wさんは彼が突然いなくなってその動向をインターネットで検索して私にメールで問い合わせしてきたのでした。
 そこには歯医者<ジョンケ先生>への感謝の気持ちが綴られていました。

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