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団鬼六氏の死去

 団鬼六さんが5月6日亡くなられました。七條兼三氏の詰将棋作品集「将棋墨酔」には団氏が七條氏を忍んで書かれた追悼文が収められています。たまたま偶然にも昨夜、その追悼文を読んだ所でした。団氏も七條兼三さんに可愛がられた一人だったようです。その交流の期間は七條さんの晩年の短い期間のようですが濃密であったと推察しています。団氏はあの小池重明さん(プロに匹敵する実力を持ちながら不遇であった)の面倒を見たり、将棋雑誌「将棋ジャーナル」を発刊したりと将棋界に少なからず影響を与えた人でした。
 羽生さんに三浦八段が挑戦した昨年の名人戦第三局、千葉県野田市に団氏は来られていました。対局は野田市の関根名人記念館でしたが、お見かけしたのは近くの「いちいのホール」(旧関宿役場庁舎)です。そこには将棋関係の貴重な蔵書が大量に保管されています。そして盤面曲詰「セ」「キ」「ネ」のモニュメントもあり将棋ファンのメッカでもあります。新聞によりますと食道がんが見つかったのが昨年1月ですからこの名人戦観戦の当時すでに闘病中であったようです。
 一般には官能作家の位置付けなんでしょうけど私には七條兼三さんと同様に趣味の域を超えて将棋に情熱を注ぎ込んだ風流人です。夕刊紙では官能作家としての団氏の功績を紹介していましたが、朝日新聞では将棋関係の功績にもしっかりと触れていました。

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