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天童旅行記(竜王戦観戦なしツアー)

1.竜王戦羽生さん残念無念
 今期の竜王戦で羽生さんは2勝4敗で渡辺竜王に敗れ、天童で行われる予定であった第七局は幻となってしまいました。その結果、前人未踏の永世七冠王獲得は翌年以降の楽しみとなりました。
 今年の9月、羽生さんが挑戦者に決定して第七局が天童市で行われることが発表になった翌日、すぐに天童市のビジネスホテルに予約を入れました。このホテルでは第七局のテレビ放送に備えて放送局スタッフの予約が20名3日間合計60室分がキャンセルになってしまったとご主人がぼやいておられました。律儀な私は竜王戦がなくなったにもかかわらず遠路山形県天童まで<温泉療養>のためにという名目で出かけたのでありました。

2.虹の見送りと虹の出迎え
 関西から山形は通常ですと飛行機なのでしょうが、飛行機嫌いの私は新幹線を乗り継いで6時間の長旅です。寒波襲来を目前にして西日本は気象状況が不安定になっていたようです。出発の朝、びわ湖にかかる大きな虹が見えました。そして静岡県から見える富士山はいつもながら雪景色。東北新幹線の埼玉県からもくっきりと見えました。山形新幹線に入ると米沢から再び虹が出迎えてくれました。いよいよ天童が近い。
 「霧晴れてびわ湖に刺さる冬の虹」

3.3度目の天童市
 実は天童市は3度目です。秋田に単身赴任の時に二度行きました。秋田から天童は在来線(奥羽本線)の乗り継ぎで約3時間半です。隣の県であっても直通の電車がありません。新幹線もなければ在来線の特急もないのです。旅の道中を楽しむ私にはどうってこともありませんが。
 最初の訪問は対局とは関係なく天童市内の観光でした。天童駅の駅舎にはいきなり将棋資料館があり、メインストリートの電柱には詰将棋が連なり、公園にはプロ棋士出題の詰将棋モニュメントが15題も展示されていました。そして町の飲食店の名前やら天童温泉のホテルの名前には将棋に関係する名称があちこちです。
 そんな楽しい町という印象が強かったので2年前の竜王戦が天童対局となった時、再び足を運ぶことになりました。羽生さんの3連勝4連敗という大逆転で永世七冠達成ならなかったあの有名な竜王戦第七局の観戦でした。

4.将棋資料館
 翌日、盤面初形象形詰で有名な河内勲さんと詰将棋保存会の荒川貴道さんと合流しました。将棋資料館の資料について天童市郷土研究会の斎藤隆一さんに案内してもらいました。展示資料は地元の収集家の協力とともに天童市を挙げて立派な資料館を作るという熱意が貴重な古文書にも表れているように感じました。
 将棋に関係した資料館や記念館はこの5月に訪問した野田市の関根名人記念館、青森県おいらせ町と倉敷市にある大山名人の記念館などが有名です。
 地方都市が町興しとしていろいろと工夫をしている例は様々ありますが、将棋記念館という選択はよろしいかと思います。その先駆者が天童市かもしれません。
 米沢市は2年前の直江兼続ブームで沸きあがりましたが、今年はさっぱりという状況のようです。ゲゲゲの女房で盛り上がった鳥取の境港市も反動がこわい。その点将棋記念館はブームに左右されにくい面があると思います。

5.将棋交流室
 将棋交流室は無料で対局ができます。広い恵まれたスペースが自慢です。将棋連盟天童支部の支部長村岡良雄さんや山形県の支部連合会の会長の山口雅則さんとお話させてもらいました。天童市の将棋ファンの皆さんはこの交流室でしっかりと腕を磨いておられるようです。天童市のバックアップも力が入っています。将棋の普及に対する情熱が伝わって来ます。将棋好きの少年が県外から憧れの天童にやってきて付き添いの母親からお礼状が届いたエピソードなど子供たちへの指導にも熱が入っているようです。
 さてさて我々は詰将棋3人組。支部長さんに初対面なのに「山形新聞には詰将棋掲載がない」とか「電柱や公園の棋士出題の詰将棋が長年にわたり同じ問題なのを何とか時々新題に入れ替えては?問題数を増やしては?」などとと我がままを言い出す始末でした。詰将棋を愛し、将棋の普及を応援する同じ立場という土壌があるとは言え図々しかったかと反省をしております。
 街中には将棋グッズ専門店があります。将棋駒を彫る実演を見せてくれる店もあってワクワクします。その職人の技を子供達に教えていくという動きもあるようです。

6.山形県の人口
 この日の地元の新聞記事では山形県の人口が減少し、120万人を割り込んだと伝えていました。山形市を含めて県内の主な都市が減少しているとか。その中で天童は何とか増加しています。<将棋><さくらんぼ><天童温泉>などがうまくアピールできている成果なのかと思いました。
 いずれにしても日本全体が人口減少して少子高齢化が加速度的に進んでいます。特に地方都市が大きな変化に飲み込まれようとしていることは看過できないと感じました。

7.雪の舞鶴山
 駅から歩いて30分ほど。春の桜の季節には毎年人間将棋が行われる舞鶴山に登りました。あいにく雪が降り始め、その道のりは遠く感じました。(タクシーだったか…悪手だったなあ…)
 さらに追い討ちをかけるように登ってみれば人間将棋の会場は工事中でした。遠くから眺めるだけ。将棋供養塔にも近づけずでした。王手を一度もかけずに投了を余儀なくされてしまいました。この次は桜が満開の人間将棋の時期に来たいものです。

8.雪の山寺
 寒波来襲して雪がどっさりと積もりました。雪深い山寺の千階段を登りました。五大堂からの眺めはまさに水墨画でした。観光客はほとんどいません。階段の上の方に郵便ポストがありました。お聞きしますと毎日郵便局の方が上って集配しておられるということでした。ご苦労様です。山寺は童謡の『山寺の和尚さんは~♪』とは違うらしいです。また天童では若松観音若松寺も名刹として名高いのですが、『めでためでたぁのぉ~若松さぁまぁよ~♪』はこのお寺のことでした。
 東北には芭蕉ゆかりの地が数多くありますがこの山寺に立ち寄り「閑さや岩にしみ入る蝉の声」を詠んだと言われています。芭蕉の句碑が残っています。 

9.締めくくりは秘湯で
 山形県の一番福島寄りの五色温泉宗川旅館にて締めくくりました。ここは「日本秘湯を守る会の宿」です。JR奥羽本線の本数は驚くほど少ない。そして雪深い状況では宿のお迎えがなければ到底たどり着けないという意味でも秘湯でしょう。
 かつて大正時代、皇室専用のスキー宿「六華倶楽部」が同旅館の敷地内にあった由緒のある秘湯でした。
「雪しんしん閉じ込めてくれ五色宿」

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