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羽生さん王座防衛

 昨夜の王座戦第五局。羽生さんが中村六段を下して王座戦のタイトル獲得21の新記録を達成。また来期の出場も確定していますので連続出場記録も23年と記録を更新しました。今回は挑戦者中村六段に先に2勝を許し、カド番の第四局も千日手指し直しにて辛くもしのぐなどこれまで22年の王座戦の中でも最も苦しい展開だったように思います。
 故米長永世棋聖を師とし、渡辺竜王に続く若手の刺客としては人気も高く期待されている中村六段。昨年は棋聖戦にて3連敗。今回は大健闘…では済まされないでしょう。
 先輩を乗り越え、同年代に打ち勝ち、後輩もなぎ倒す。かつての大山名人のイメージです。一説によると大山名人は乗りに乗って挑戦者に登り詰めた若手に対してそのタイトル戦で勝つことよりも『いかにしてダメージを与え、次の挑戦者として対戦する時にその残像を残すか』を考えていたらしい。大山さんの本心はわかりませんが、ある時は徹底的に打ちのめし、またある時は土俵際まで押し込まれたあとやっぱり敵わないと思わせるような逆転…。まさに『老獪』としか言い表す他ない戦いぶりでした。
 羽生さんの年令は42才。老獪と言っては叱られますね。まさに『貫禄の自然体』です。

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百田尚樹さんのテレビ対談

 桂文珍さんのテレビの対談。あの出光佐三の人生を描いた「海賊とよばれた男」の著者百田尚樹さんが登場していました。50才でサラリーマンを辞めて作家を目指して活動中。とことん調べて執筆する百田さん。収入にならない調査活動に対して、家計に負担をかけていることを奥さんから詰め寄られます。
 その時に百田さんは書きかけの原稿を奥さんに読ませます。すると読み終えた奥さんは「あんたはこの小説を完成しなはれ!家計のことはワテに任かせなはれ!」文珍さん「ん~!出来た嫁はんでんなあ~。今時、めったにおまへんで!」と感激。
 文豪と言われる人の奥さんの中には悪妻の権化だったという話が多く残っています。森鴎外しかり夏目漱石しかり。まあ、職業柄かハチャメチャな人生観を持っている人々ですからいたしかたありません。ついていけない奥さんは旦那からみますと足を引っ張る存在になります。また旦那が稼いだ金をとんでもない浪費癖で散財してしまうという実話もあるようです。旦那がハチャメチャなら奥さんもハチャメチャだったりして。
 さて私もつい先日例の大論文「自叙伝的子育て論」を家内に読ませました!!すると「お遊びは定年を終えてからにしなはれや~」とまともに取り合ってくれません。果たして悪妻なのか、先見の明か?
 もうひとつ。この番組での百田尚樹さんの発言。「今の若い人は、好きなことをやって稼ごうという人が多い。好きなことは金を払ってやるもの」という意見でした。この意見には微妙に反論したいところです。とことん追及する姿勢で大ブレイクした百田さん。小説家は好きな道であったはず。単純に「好きなことは金を払ってやる」で済ませてはあかんのとちゃいまっか!

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本音で生きる

 子供の頃は本音を表に出して生きて、年とともに本音と建前を使い分けして生きる…というのが普通でしょうか?私の場合は子供の頃はあまり本音を表に出さず、感情を抑えて生きてきたような気がします。そしてサラリーマン時代も自分を殺して生きてきました。今、定年を前にして「やりたいことをやる」、「嫌なものは嫌」、「間違っていることは間違っている」とはっきりさせるようになっている自分がいます。
 単に年取って気が短くなっただけかも?

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マタハラに思う

 セクハラ、パワハラ、ドクハラ……。歴史はそれほど古くありません。私が新入社員として入社した頃はまだ存在していなかったと思います。上司や経営者がうら若き女性社員のお尻を触ったり、ドギツイ冗談も社交辞令のようなものでした。ただ、「いやらしくない愛情がある」ことが最低条件だったように思います。
 さてNHKクローズアップ現代にて「マタハラ」(マタニティハラスメント)を取り上げていました。○○ハラスメントはそれぞれ罪深いとは思いますが、職場における「マタハラ」は非常に罪深いと思います。
 職場において産休で休むことに対する理解がない時代。結婚と同時に退職するとか、出産と同時に退職するような方向性は社会全体の同意を得ていたように思います。このことは個人の人権よりも経済優先、企業優先の時代感覚だったような気がします。
 少子化晩婚化の時代では「社会全体で子供を育てる」という環境つくりが必要でしょう。この20年~30年の間の経済環境の変化、女性の社会進出、女性の地位の向上などが大きく影響しました。「会社だけ発展してどうなる?」「次の時代を担う子供たちを企業としても育てて行こう」と言う感覚が必要なのだと思います。


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JR北海道とJR九州

 JR北海道。事故が度重なり、ずさんな保守点検が問題となっています。
 かつての国鉄が分割民営化された中で最も赤字が懸念された会社でした。北海道内でも、多くの赤字路線を廃止しています。小学校の時に習った地図帳に乗っていた名寄本線はすでにありません。子供の頃は高度成長期。日本全体にまんべんなく鉄道網も高速道路も伸びていくことになるだろうと信じていましたから、意外な展開です。
 一方のJR九州は「あそぼーい」「海幸山幸」「ゆふいんの森」など様々な特色のあると特急列車を次々に登場させています。そして今度の豪華寝台特急「ななつ星」は世界一の豪華列車をコンセプトとしているとか。三泊四日夫婦二人で100万円は少々高い。それでも予約が一杯ということはすでに大ヒット確定なのでしょう。
 さて観光地としての魅力は冬季のハンディキャップを差し引いても北海道が少々上。トワイライトエクスプレス+道内一周豪華列車の開発もJR北海道復活の足掛かりになることでしょう。まずはレールの保守点検をしっかりして下さいね!

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消費税8%

 来年の4月から消費税が8%に決定しました。法律を通す時には議論がありました。反対派の意見としては庶民の負担を重くする前に行政の無駄やら議員定数の削減が叫ばれていましたが、これは解決したのでしょうか?
法律ができる段階では経済情勢を見た上で判断するとして導入のハードルを下げ、庶民の生活状況ではなく企業優遇の方針ばかりの対策で経済環境を整えたという感じです。
 電子マネーに入金する時は無駄使いをする気持ちがなく、入金するハードルが低い。いざ使う時は現金を手放す時よりもこれまたハードルが低い。何だか似ています。2段階で乗り越えようという手法には我々庶民はよくよく気を付けなければなりません。
 いずれにしても来年3月までに買い物を済まそうなどというのもいらないものを買ってしまいそうで危険です。今日から無駄使いをしない習慣をつけるのが正しいと思います。こう思うのは私だけならいいのですが……やはり、消費税率のアップは景気に及ぼす影響は大きいでしょう。

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「船場」「堂島」から学ぶ 孫世代につたえるべきこと

昭和40年代、大阪商人を舞台にした「船場」「堂島」などというテレビドラマがありました。小学生か中学生ぐらいの少年が大阪商人として育っていく姿を描いていました。この時決まって登場するのが、浪速千栄子だったり、中村鴈治郎だったり。(古い?年がバレますね!!)主人公を時にはイジメとも思われるような徹底的に鍛える役回りです。記憶は不確かですが、「船場」は繊維問屋、「堂島」は米相場の話でした。原作は滋賀県大津市出身の花登筐です。花登さんは亡くなられて久しいのですが、近江商人家に生まれました。この近江商人が執筆活動に大きく大きく影響しています。あの独特の間合いで客席を沸かした喜劇役者花木京の師匠に当たり、間寛平さんは孫弟子に当たります。
 ドラマに出てくる主人公を鍛えるおじいさんおばあさんと現代のおじいさんおばあさんとの違いは何が考えられるでしょうか?この違いが真に子供を育てるとはどういうことかのヒントのように思います。単に「可愛がる」とか「甘やかす」ではない大切なことがあります。時代背景もあります。放送は昭和40年代でしたが時代は大正か昭和初期かと思います。時代背景には二つの視点があります。一つはドラマの時代は戦争を前にした厳しい時代だったのに対して、現代は平和ボケの時代であること。もう一つはIT化など新しい機械化の流れに中高年がついていけないという問題。祖父母にとっては両親でさえ、子供の対応力に気後れを感じる時代になってしまっています。反抗期にはさらに断絶のリスクが高くなります。対策としては幼児期にしっかりと親子の信頼関係を築いておくことかと思います。
 テレビ放送は昭和40年代です。高度成長期に厳しい時代を回顧して気を引き締めるような警告の意味が作者にはあったかもしれません。孫に対して「生きる力をつけさせる」そして「店の繁栄を託す」という願いが込められていたのでしょう。大阪商人の素晴らしいのは「自分の息子には店を継がせない」。一番の番頭を娘の婿に迎えることを常としていたことでした。このようなシステムで店を守り続けてきました。番頭になるのは小学生の年齢から艱難辛苦に耐え、修行に次ぐ修行を重ねる日々を過ごします。今の労働者は一週間の勤務時間が40時間とか、ブラック企業云々と批判される時代ですが、この時代は労働条件などという言葉さえなく、朝から夜まで働き続けて休日は盆と暮れのみ。給料などなく食べるものと寝る場所が提供されるだけです。そんな時代ですから、子供の頃から奉公人の出稚と店のボンとは全く違う世界で育ちます。そこで生き抜いて番頭まで這い上がってきた人間ですから、それだけで「人材」です。このような背景で落語に出てくる「優秀な番頭」と「ドラ息子」です。ドラ息子は「どうせ俺には店を継がせてくれない」とふてくされて登場します。「番頭」と「嫡男」の後継ぎレースを冷静に見れば同着ならば嫡男の勝ちです。ところが、実際に落語に出てくるのは大差をつけられたドラ息子。「商人としての才覚」、「店を守り抜く意識」、「他の奉公人の人望」すべて負けて勝っているのは「遊び道楽」の世界だけです。
  さて話は「船場」「堂島」に出てくるおじいさんおばあさんに戻ります。なんとか後継ぎにかわいい孫をつかせたい。隠居の身ですから、決定権はありません。そこでおじいさんおばあさんは考えます。普通のジジババのように孫を甘やかすことなく、ドラ息子にならないように鍛えなければならないと。根性とか人情とか人として生きるとは何かを教えます。ドラマでは小さな子供がおじいさんに厳しくされてもくじけずに大きく育っていく姿を描いていました。まさに涙ものでした。
 「孫に伝えるべきこと」は時代の変遷があったとしても、変わらないものがあるはずです。それを孫世代(自分の孫とは限らず)に自信を持って伝えていかなければなりません。何か特別なことを伝えるというものではありません。日本人の心を伝え繋いでいくことが大切です。

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