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スマホってどう?

GWの初日。携帯電話が突然の乱調となってあわてて機種変更をしました。突然のことで何の準備もできてませんでしたから、スマホへの切り替えるなど検討の余裕もなく、普通の携帯電話を機種変更しただけでした。翌日、同年代のスマホを使いこなす友人二人にしきりにスマホの便利さを言われました。慣れれば便利なんでしょうが、使いこなせない私には「猫に小判」でしょう。それにしても携帯電話とパソコンが一体化してモバイルですから、便利に違いない。しかし機械音痴の私は使い方がわからずに右往左往して活動に支障が発生するリスクは大きいです。
 自動車にしても家電にしても取り扱い説明書には目もくれず使い始めるという習性が身についてしまっている私です。使っている内に慣れてきてなんとか活用できるレベルになるのがパターンなのです。その悪癖は機械全盛の現代においてはかなりマイナスに感じています。
 いつの時代も機械化の流れは便利さをもたらしてきました。蓄音機にしても電気洗濯機にしても家庭電話にしても。若者からお年寄りまで極めて平等に恩恵がありました。しかし、近年の携帯電話やパソコンなどの進化の流れは恩恵が不平等のような気がしてなりません。お年寄りでもITに強い方もおられますので一概には言えませんが、総じて若者に有利なようになっています。そして機械を使いこなす人が得する社会になりつつあることから、若者たちを世の中全体である方向に誘導しているかのように思えます。若者たちが経済的に相当無理をしてでも携帯電話や携帯ゲームには支出を惜しまないという消費行動はけっして好ましい姿とは言えません。「時代に乗り遅れるな!」的な教育指導に対して議論の必要を感じています。
 さて今回の機種変更では番号もそのまま、データもほとんど移行できましたし、無料にて新しい電話機になりました。無料と言っても二年間は途中解約は違約金の支払いが生じます。2年間でしっかりとスマホを理解して次回は友人にコケにされないように精進しようと思います。

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蟹江紀行

 その一週間後、『芭蕉と義仲の会』の春の定例行事に参加しました。今回は木曽義仲ゆかりの寺であり、奥方巴御前が祀られている愛知県蟹江町に日帰りバスツアーにて行きました。「蟹江山龍照院常楽寺」には国の重要文化財に指定されている十一面観音像が安置されています。
 本能寺の直後、秀吉と家康が覇権争いの戦いをしたことは歴史の中で学びました。その小牧長久手の戦の後に蟹江合戦」という戦争があったらしい。ん?猿カニ合戦?少し違うようです。
 また蟹江という地名の由来はかつて川蟹がいっぱい生息していたことによるとのこと。今は繰り返す水害に備えて河口を遮断しているために海水が上がってこないために蟹は生息できなくなりました。惜しい?しかし、川蟹は食べられないとのこと。愛知県人でありながら知らないことばかりでした。愛知県出身というのはしばらく黙っているようにします。
 そして蟹江町出身の小酒井不木は郷土の誇る推理小説家。医者でもあったので医学関係の執筆も多数。39歳という若さで亡くなりましたが、執筆の多さにもビックリ。あの有名な江戸川乱歩がサラリーマン時代に「小説家」として生きていくように諭したという。江戸川乱歩にとって恩人とも言える存在です。俳句にも造詣が深く不木の創設した俳句の会は今でも活動を続けているとか。
 私のお粗末な一句。『春一番蟹江の里に帽子舞う』
                    

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下呂紀行

思い出は写真を残しておくのも一つではありますが、随想に書き残しておくのもまた一興です。そして俳句があればなおさらいい。まずは旧友と行った下呂温泉。名古屋からの車組と下呂温泉にて現地集合でした。私は特急『ひだ』にて滋賀県草津から乗り換えなしでのんびりとした汽車の旅の予定をしました。ところが淡路島にて早朝発生の震度6の大地震の影響で近畿地方一帯の鉄道各線は朝から大混乱でした。そのために予約していた特急が運休。何本かの電車を乗り継いでやっとの思いで下呂温泉に到着。
 桜が満開の下呂大橋の袂で一句。『桜散る川原で遊ぶ下呂の鳩』

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三浦八段もコンピュータに敗北

 本日のコンピュータとの対戦の最終戦。三浦八段に期待が寄せられましたが、負けてしまいました。現役A級八段の敗戦は衝撃です。来年の戦いの出場選手が誰なのかわかりませんが、いよいよコンピュータにプロ棋士でもかなわない時代になってしまったように感じました。今回の出場選手は大変なプレッシャーだったようです。来年の出場者はさらに重いプレッシャーとなるのか、それとも負けて当然、勝てば金星となるのか動向が気になります。                       このニュースは夜7時のNHKニュースで報じられましたが、山形県天童市の「人間将棋」も人間同士の将棋として紹介していました。古来から伝わる人間将棋。人間同士の対局が新鮮に見えました。

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「マニア」と「プロフェッショナル」

 「マニア」と聞けば「オタク」とか「アマチュア」のイメージが漂います。お金にはならないことに寝食を忘れて…という感じです。一銭にもならないにもかかわらず、心血注ぐ。そのピュアな姿勢には感服いたすのですが、どこか哀れな感じもいたします。
 一方「プロフェッショナル」と言いますと、技術レベルは別として、「お金を取れる仕事をする」って感じです。「タダでは動きませんよ」という割り切った姿勢が気持ちがいい。「それほど好きなわけではないけれど~」という醒めた雰囲気も秘めているかもしれません。
 さて「プロフェッショナル」よりも純粋で熱い情熱がありながら、「マニア」がなぜ「アマチュア」から脱することができないのかを考察してみました。
  ①時間がない…サラリーマンを続けながら、好きなことを仕事にするには時間の制約があるのではないか?
  ②甘い…マニアは好きで好きでしょうがないことにお金も時間もトコトン注ぎ込むのだが、自分が楽しむことに満足してしまい、他人の評価や他人を楽しませるという視点を持ち合わせていない。金を払うことは躊躇せず、金を払ってもらうことに躊躇します。
  ③社会に貢献するという意識が弱い…
 仕事は経営者でも従業員でも、どんな仕事であっても社会に役立っていると認識しながら勤めるのが普通です。「マニア」はあくまでも自分が楽しむことが第一である。社会との関係は全く無頓着なことが多い。「単なるマニア」から抜け出すには「社会に貢献する」という視点で自分自身を見直すことが有効のように思います。「マニア」は「マニア」でいることに満足して抜け出す気持ちがさらさらない。このことが実は大きな問題です。「好きなことを仕事にすることはできない」という常識を疑ってかかる気持ちが必要です。いつのまにか、仕事とは「我慢」「苦役」「労苦」になってしまいました。その労苦の片隅で人目を忍んでマニアに変身する。つまりマニアは仮の姿で表に出てはならないという常識の下で我々は生きています。マニアを表現している「趣味人」「風流人」「自由人」は羨しがられつつも世間のはみ出し人間なのです。誰もが遊んで暮らすことができるような社会はできないでしょう。しかし、誰もが好きなことを仕事にする世の中を作り上げることは可能です。
 遊んで暮らすよりも「生きがい」「やりがい」を感じながら、働く方がはるかに楽しい。「マニア」はやり方次第で楽しみながら「プロフェッショナル」に生きることが可能です。

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コンピューターと引き分け

 先日のプロ棋士とコンピューターとの第四戦。塚田泰明九段が持将棋の引き分けに持ち込んでプロ棋士側の1勝2負1引き分けとなりました。
 この勝負、コンピューターが優勢で塚田九段としてはやっとのことで持将棋の引き分けにしたという印象がありました。それとコンピューターが持将棋のルールを把握していない面があって後味の悪さも残しました。18日発売の週刊文春の記事では局後の開発者のコメントが対局者への気遣いがなかったとして批判しています。 一方の塚田九段の涙ぐんでの記者会見はプロ棋士の人間としての意地を見たような気がしました。
 さて明日はいよいよ三浦八段の登場です。世間の注目を集めるのは棋士冥利に尽きるところかもしれませんが、あくまでもタイトル戦が棋士の生命線と思います。

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週刊将棋の詰将棋探検隊

 週刊将棋に角健逸氏の「詰将棋探検隊」の連載がスタートしました。
 短い手数ながらレベルの高い作品を紹介していく連載のようです。指し将棋の強豪が刺激を受けて詰将棋ファンが増えるというのが理想の形と思います。いつも思うのですが、初級詰将棋に出会った人が少しずつ高いレベルの詰将棋にのめり込んで行くというパターンが標準的パターンではなく、将棋の面白さを知った人が高いレベルの詰将棋に出会い、その感動の結果、詰将棋マニアになっていくというパターンが結構多いのではないか?言い換えますと将棋ファンが新聞週刊誌などのやさしい詰将棋を楽しむファンになる可能性は誰しもが持ち合わせていますが、詰将棋マニアになれる可能性を持つ人の割合は極めて低いように思います。そのように考えますと将棋の普及が極限まで進んだとしても詰将棋マニアが比例して増えるわけではないように思います。指し将棋ファンが詰将棋ファンになったり、詰将棋に夢中だった人が指し将棋に転向したり、双方の世界を行き来する人がいてこそ、両方の世界の発展があると思います。
 そんなわけでこの連載によって一人でも多く「指し将棋派」が「詰将棋派」になってもらいたいと思うところです。

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100円ショップ

 100円ショップを重宝している人は意外に多いのではないか?と思います。一時的な流行で終わってしまうかと思われた節もありましたが、しっかりと定着しつつあります。台所用品、文具、食料品まで品揃えも豊富になりました。私は文具品を時々買いますが、まともに買うと5~600円するかと思われる品物が100円で手に入れられますからうれしい。デザインとか耐久性とかを要求しなければこれで十分ということが往々にしてあります。
余分な買い物をしてしまう危険性もありますから要注意です。最近ではナンプレ、辞書、ハウツー本なども100円ショップにあります。これもまた価格破壊の一つかと思います。痛手を受けているメーカーや小売店もあるかもしれません。

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Aタイプ?Bタイプ?

 人間のタイプの分類についてはいろいろとあります。心に思ったことをすぐに口にするか、一度考えてから口にするかで分類する方法もあります。
 すぐに口にするタイプAは周囲から何を考えているのかわかりやすく理解されやすいというメリットがあります。一方、考えてから物を言うタイプBは周囲からわかりにくく理解されにくいという面があります。また、タイプAは友人が早くできる面がありますが、反面口が過ぎて友人を失いやすい危険性もあります。逆にタイプBは何を考えているのか不審に思われたりして友人ができにくいという面があります。
 このどちらか強い傾向にある人は生まれつき備わったものではなく幼少期の環境や親の育て方に深く関係しているのではないかという説があります。
 この分類とは多少違いますが、私は子供の頃に「ご近所の方々からお菓子をもらうな」と教えられて育ちました。子供なのに上げると言われたお菓子を「いらない」という可愛げのない子供と思われて嫌われてしまいました。さらに考えてから物を言うタイプでしたからますますお友達ができませんでした。
 その反動というわけではありませんが、大人になってからは努めて積極的に皆様のご好意に甘えるようになりました。可愛らしい(図々しい?)性格になりました。
 さてこれらの話から言えますのは、まず第一には親の育て方は子供への影響が大変大きいということ。つまり親は子供の将来を考えて(先を読んで)育てなくてはなりません。
 第二に「将棋を習うこと」は考えてから着手するとか一寸考えてから発言するという性格の形成に役立つこと。などです。可愛げのあるAタイプがいのか、可愛げのないBタイプがいいのかという課題は残りますが…。

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富山紀行

①「高岡大仏」
高岡は青銅器で有名です。そして大仏と言えば奈良と鎌倉です。なかなか三番手の高岡大仏は話題になりません。青銅器の技術がこの大仏に結集されました。当初の1221年に出来上がった時は木造でした。江戸期1609年前田利家がこの地に移設した時もまた木造でした。度重なる火災の惨禍から1900年代に青銅での建造となったという話です。
 通称「高岡大仏」。お寺の正式名称は浄土宗鳳徳山大佛寺。境内に「人を喜ばした時が自分が一番喜ぶ時だ」とありました。まさに至言です。
②「国宝瑞龍寺」
次は国宝瑞龍寺。7年前に来たのは真夏の暑い日でした。「猛暑にもめげずにそびえる瑞龍寺」と詠んだ俳句も覚えています。
 前田利長を弔って建立された寺です。墓所を結ぶ瑞龍寺参道(八丁道)は石灯籠に石畳、駅から近い場所にて贅沢な空間になっています。今は富山県高岡市ですが江戸期は加賀前田家の領地だったのです。曹洞宗総本山の永平寺に伽藍の配置がどこかしら似ています。禅寺ですから大勢の修行僧が共同生活をしていたことがどでかい釜から伺えます。ボランティアのガイドさんのお話も興味深く、さすがに国宝瑞龍寺と感動しました。
③「万葉…」一色
  高岡市は奈良時代の歌人、「万葉集」の編者として有名な大伴家持ゆかりの地です。そんなことから、この高岡は「万葉鉄道」「万葉新聞」「万葉製菓」…。なんでもかんでも「万葉…」で売り出そうとばかりネーミングは「万葉…」一色です。
そして「万葉歴史館」は立派な文化観光施設として平成2年に設立されました。和歌マニアや文芸歴史マニアには受けるかもしれませんが、「万葉集」は地味ですからどっと観光客が訪れるわけには行かないようです。まあ、将来建設予定の詰将棋博物館と比較しましたら、どうでしょうか?
小春日和。都会の喧騒から無縁の丘の上から眺める富山湾。ゆったりとした時間が流れて行きます。まさに万葉集の時代に舞い戻った気がしました。
④「二上山」
  二上山。高岡市では一番高い山です。と言っても標高274mですから、小高い丘程度でしょうか?大伴家持の歌にはたびたび登場します。
「玉くしげ二上山に鳴く鳥の声のこひしき時は来にけり」。将棋の二上九段は北海道のご出身です。しかし、この地と北海道の行き来は古くからあったようですので二上九段のご先祖は二上山のご出身かもしれません。
⑤知られていない地名
富山県には富山市以外にどの様な都市があるのか、市町村合併もありましたし、他府県にはよく知られていないような気がします。高岡市に隣接して射水市、氷見市など。射水市はもともと射水郡と新湊市の合併でできた市で新しい市名の決定に際しては一悶着あったとお聞きました。
⑥「万葉線」
 万葉線は高岡駅前から射水市越ノ潟までの路面電車です。ヨーロッパ風の最新車両は洗練されたヨーロッパの都市を思い起こします。実際にヨーロッパから輸入しているらしい。観光地としての街作りと市民の足を確保することと両面あるのではないかと思います。
⑦「きときと市場」
 新鮮な魚の宝庫、富山湾は富山県の宝です。「きときと市場」に行きました。「きときと」とはこちらの方言で「新鮮な」という意味とお聞きしました。
⑧「新湊大橋」
 新湊大橋はつい最近出来上がりました。利便性のためであることは第一ですが、観光資源の価値が大きい。雄大な富山湾を高い橋の上から見下ろすように見るのが素晴らしい。地球が丸いのを実感できました。有料でないのもまた素晴らしい。
⑨「うみあかり」からの絶景
  宿泊したのは「うみあかり」以前は「氷見グランドホテルマイアミ」でした。名前を変えたのは経営者が変わったからかどうかわかりませんでしたが、おそらくオーナー経営者の世代交替に絡んで一悶着があり、そして営業方針の改訂があったかと思います。(勝手に推測しました)
  岩風呂が風情もあってなかなかいい。また大浴場露天風呂から富山湾越しに見る立山連峰からの日の出も筆舌に尽くし難い。というものの実は5時に起きて露天風呂にて日の出を待ったのですが、曇り空にて残念なことに見られませんでした。いずれにしてもJRセットプランとしておすすめできるかと思います。(やはり口コミですね)
⑩イチ押し富山県
富山湾越しの立山連峰の山々は富山県の宝の一つでしょう。豊かな漁場としての富山湾。さらに米処として酒処としても富山県は名が知れています。また春先に見られる富山湾の蜃気楼も名物の一つです。蜃気楼と言えば琵琶湖でも 見られるとか言われていますが、まだ私は見たことがありません。
 さて今回の旅行は昨年夏の松本市で行われました詰将棋全国大会にて知り合いになった高岡市のFさんと射水市のOさんに大変お世話になりました。今後も詰将棋の取り持つ縁を大切にして行きたいと思っています。
⑪詰将棋全国大会
詰将棋全国大会は毎年真夏の7月第三日曜日に行われています。昨年は長野県松本市でした。今年は名古屋にて開催されます。そして再来年が東京でその翌年は関西です。つまり地方都市→東京→名古屋→関西→地方都市のサイクルで実施されています。
 次の地方都市開催地は岡山市が候補地として可能性が高いらしい。その次の地方都市開催地として富山県がぜひ名乗り出てほしいと思います。
                                                以上

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