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勝浦先生の引退記念パーティー

 11月。勝浦九段の引退パーティーが開催されました。強豪プロ棋士でもあり、詰将棋にも造詣の深い勝浦九段とは、詰将棋が取り持つ縁でお付き合いさせていただいておりました。
 そんなわけで今回、「将棋を孫に伝える会」の荒川氏とともにお祝いに駆けつけた次第です。
 出席総数は百数十人。有名プロ棋士のメンバーがズラリ。とにかく受付に森内名人。広瀬元王位がおられましたのでいきなりビビりました。実は、森内さんも広瀬さんも勝浦先生ご自慢のお弟子さんなのです。
 プロ棋士の総合計の段位は、五百段を軽くオーバーしていたかもしれません。多くのトップ女流棋士も出席。プロ棋士以外でも、テレビ東京の島田アナウンサーが司会を務められるなど、マスコミ関係者の面々も著名人ばかりです。
 この場で一般人は「私と荒川氏ぐらいか!」とたじろいでおりました。将棋連盟の米長会長、作家の阿部譲治さん、そして羽生さんが相次いで祝辞と感謝のお言葉を述べられました。乾杯の音頭は将棋ペン倶楽部会長の木村晋介氏。まさに、場の雰囲気を和らげる余興に楽しく笑わせてもらいました。
 実は「将棋を孫に伝える会」は発足して間もなくで、名刺もこの日に合わせて出来上がったばかり。早速、荒川氏とプロ棋士の皆様にご挨拶を開始しました。名刺を受け取って頂いたのは「勝浦先生」が筆頭で「羽生先生」「北浜先生」の順でした。
 北浜七段は、詰将棋サロンを5年間にわたってご担当され今回、村田顕弘四段にバトンタッチされるとのことでした。5年間無事に勤め上げられて心なしかホッとされているご様子。北浜先生は、アマチュア詰将棋ファンとの交流を、殊のほか大切にされていて大変頼りになる先生です。今後は、詰将棋の創作とともに対局の方でも頑張ってほしいと思います。
 鈴木輝彦七段のマジックは、余興というより本職顔負けに素晴らしくビックリでした。また、勝浦先生が米長棋聖に挑戦した棋聖戦ロサンゼルス対決を、勝浦先生と森雞二九段が大盤解説にて再現、懐かしく語って頂きましたが勝浦先生の妙手ももちろんですが、若き日お二人のギャンブラーとしての武勇伝も印象に残りました。
 さて、この日は勝浦先生の人脈の広さ、厚い人徳をあらためて感じた有意義なパーティーでした。厳しさの中に深い優しさを持ち合わせた勝浦先生は、愛弟子の皆さんだけでなく多くの後輩プロ棋士の方々にも、深い愛情を注がれてきたことを伺い知ることができました。
 今回の引退は、勝負師としての区切りとして寂しくもありますが、「好きな詰将棋創作に打ち込むことができるのが楽しみ」と新たに燃える勝浦先生でした。今後は、我々アマチュアとの交流の時間もさらに一層作ってほしいと切に思います。

 最後に、同パーティーの最中に披露して頂いたのですが「将棋を孫に伝える会」として祝電を打たせてもらいました。全文は次の通りです。
 「ひしめく強豪を向こうに回し『カミソリ流』と恐れられた勝浦九段!A級棋士としてさらに日本将棋連盟理事として長年にわたり棋界の発展に大きな足跡を残されました。勝負師としての勝浦修は引退しても勝浦詰将棋は健在です。これまで発表された膨大な作品群はキラ星の如く輝き、自然な形から繰り出す妙手は将棋ファン詰将棋ファンを魅了してきました。今後も棋界の発展とともに詰将棋の創作においてもますますご活躍されますことを心からお祈り申し上げます。
                     「将棋を孫に伝える会」荒川貴道、三宅英治

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児童館での将棋大会

 世田谷区の桜丘児童館では二ヵ月に一度、子供達の将棋大会が開催されています。
 夜なべ仕事で作った「1手詰のペーパー」を、対局の合間に次々に子供達に手渡しました。対局も真剣ですが、詰将棋にも真剣に考える子供達。ふと思い出すと、大人の将棋大会とは明らかに違うような気がしました。
 アマ強豪の将棋ファンに、詰将棋を見せますと「ん!9手詰?また今度ね~」なんて拒否反応が普通です。
 この違いは1手詰と、9手詰の違いではないと思います。この違いは、我々大人が失いつつ「チャレンジ精神」を子供達が失っていないからではないかと思います。
 とにかく、子供達全員が「一手詰」に挑んできたのです。そして、次から次に私に問題を要求しました。解答を持って正解を聞きに来る子供達。
「正解!やるねぇ~」とか。間違っていると「その手だと王様が上に逃げるよ」などと丁寧に教えます。
 「孫の会」の方向性は、間違っていないと確信しました。再来月には3手詰を準備して行きます。

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国立公文書館

 「将棋むかしむかし」と題した展示会が国立公文書館にて行なわれていました。古棋書ファンにはたまらない企画でした。江戸時代中期に、幕府に献上された3代伊藤宗看の「象戲作物」(俗称「詰むや詰まざるや」「将棋無双」)や十代将軍徳川家治の「象戲巧格」の現物には感激いたしました。
 将軍の著作ですから、当時としては絢爛豪華の泥金塗でした。将棋所として大橋家、大橋分家、伊藤家は幕府の庇護の元に黄金時代を築きます。
 この御三家以外で滅法強かったのに名人になれなかった人に天野宗歩という人がいました。素行は悪かったらしい。品行方正でしたら、陽の目をみることとなったかもしれません。プロとの対戦で、好成績をあげながら素行が悪くてプロ入りがかなわなかった小池重明氏とダブります。
 御三家以外から、初めて名人になったのは十二世名人の小野五平氏。この方は、天野宗歩の弟子だったのです。師匠の宿願を叶えた話にも感動しました。
 なお、3代宗看の弟伊藤看寿の詰将棋百番「将棋図巧」は、「象戲作物」とともに双璧として絶大な評価なのですが、今回の展示会では全く触れられていないのは少々残念に思いました。

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