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熱中症対策

 節電の夏を前に熱中症への備えが話題になっています。昨年も猛暑で大勢の高齢者が熱中症で病院に運び込まれたり、亡くなられたりの大騒ぎでした。高齢者は体内の水分量に対する感覚が衰えて水分補給が疎かとなることがありますので十分注意が必要です。
 今年はさらなる猛暑に加えて節電が呼び掛けられて危険度はますます高いと思います。そういえば40代の10年間、名古屋の猛暑をエアコンなしで過ごしました。名古屋は特に朝晩の蒸し暑さは筆舌に尽くし難いのですが、それを10年間にわたって生き抜いたことは自慢の一つでした。夜中に汗ビッショリで一晩にシャツを取替えること4~5回。今思うと大変に危険なことでした。
 子供の頃もエアコンなしでしたがその時は各家庭にはエアコンが行き渡っていなくて、どの家も開けっ放しだったと思います。蚊帳が風物詩でした。ところが40代ではご近所のエアコンの熱風が吹き込むので開けっ放しにもできません。
 それではなぜエアコン無しで過ごしたか?私の持論で「エアコンは身体に悪い」「自然の中で生きるべき」。また「転勤が近い?この夏さえ乗り切れば…」という思いもありました。
 真夏に高速道路を運転して帰宅した時に強烈な目まいに襲われたことがありました。病院の検査では異常なしでしたが、あれこそは熱中症だったと思います。
 ともかくこの夏は社会全体として節電と熱中症対策を両立しなくてなりません。

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参勤交代

 江戸時代の参勤交代のために、各藩のお殿様は一年毎に自領と江戸屋敷を行き来しました。妻子は江戸幕府の人質として江戸住まいです。家臣の中にはお殿様のお供で家族を自領に残して単身赴任で江戸で暮らした人も多かったと思います。飛行機も新幹線もない時代ですから、行ったり来たりも大変でした。幕府としては藩の財政を悪化させるには相当の効果が見込める制度でした。一方、道中の街道沿いの宿屋や飲食店の発展には大きく寄与したと思います。
 話は大震災ですが東北方面の高速道路。ん?被災地の人が被災証明で無料?被災地の避難所や仮設住宅にいる人は高速道路の利用どころではない。東北方面は全面無料化して被災地に多くの人が行き来することが復興の第一歩と思います。

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放射能漏れ不安

 福島原発事故の放射能漏れを心配して都内や神奈川県の人が、沖縄に移住している人が増えています。多くはご主人が関東に残り母子だけでの移住です。今回の大震災はここにも家族をバラバラにしてしまう災いとなりました。
 「そこまでしなくても」とか「友人知人への後ろめたさ」など複雑な境地でしょう。しかし、子供の将来を思うと関東での子育ては不安という話は十分理解できます。政府や東電の「ただちに健康に……」は全く信用ならない。経済事情が許せば子供を疎開させたいと思っている親はおそらく多いでしょう。
 日本の未来を背負う子供達を北海道や九州に疎開させるような思い切った政策はどうでしょうか?信頼を失った政権、義援金もまともに配布できない政権ではどうみても無理ですね。

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男の料理

 賄付の独身寮に住んでいますが時々自炊します。どうやら私は料理が好きなように思います。自分で作ったものが不味くて食べられないことはいまだかつてありません。
 それは詰まらない詰将棋でも自作はかわいい!というのと似ています。賄付なのになぜ自炊か?といいますともう一つの理由は健康を考えて「玄米ご飯」です。寮の目安箱に「玄米ご飯」をリクエストしていますが、なかなか取り入れてもらえません。
 さてさて私のレパートリーは味噌汁とカレーライス。賄付の寮ですから台所が狭くてIHだけでは限界もあります。とにかく玄米ご飯に味噌汁、そして時々作ったカレーが冷凍庫に備蓄。これで十分幸せです。

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笑顔が肝心

 先月、「言葉ではなく顔の表情だけが相手に伝わる!」ことの弊害を書きました。「叱る時にも笑顔で叱れ!」尊敬する先輩が言ってました。かつて上司が部下を叱責する場合には真剣さを伝えるために、あるいは部下を鍛えるために思い切り罵倒して後からフォローするという叱り方がいいとされました。
 叱れない上司は×。叱る時には感情丸出しで全力で叱れと!最近はやはり「笑顔で叱れ!」がいいかもしれません。
 30数年前、アメリカンフットボールにてN先輩の話。我チームは弱小チームでした。ワンプレーワンプレーの合間にN先輩は厳しい戦況にもかかわらず、私にはN先輩がニコニコしているように見えました。ニコニコしながらメンバーを叱咤激励でした。苦しくても笑顔を絶やさないN先輩は凄い。そして自分も闘志を掻き立てられたのでした。

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秘湯の旅再開

 放射能不安も自粛ムードも何のその、土日を利用して塩原泉元湯に行ってきました。私は塩原温泉元湯に20数年あこがれていたのです。一旦湯船に漬かると「このままず~っと湯船に漬かっていたい」と思わせる名湯です。
 20数年前にその抜群の湯質に感激しました。当時は特に温泉好きでもなかったのですが、後々に秘湯マニアになるきっかけとなった温泉です。
 大震災の影響で東北や北関東の温泉や観光地が閑古鳥というニュースに心を痛めていました。旅館のご主人の話では東北新幹線が復旧する4月のGW前までお客様が激減していたとのことでした。また東北各地の温泉ではお湯の色が変わったり、湯量が増えたり減ったりもあったようです。
 塩原温泉元湯は1200年の歴史があります。繁栄の様子は「元湯千軒」と言われていたことからも伺えます。
江戸時代1659年起こった大地震による山津波で温泉宿80軒ほどすべて流されたらしい。
 その後は3軒の旅館が復活して現在まで続いています。その3軒は以下の通りです。「大出館」…男グループにオススメします。泊り客は24時間入浴できます。素泊まりもこっそりOK。料理はまずまず?カップルならば「元泉館」。「えびすや」は自炊もできます。温泉の原点を感じさせます。早朝より関東近郊からマニアックな温泉ファンが続々と訪れます。

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メルヘン的詰将棋

 世界各国に童話があります。今の時代に即した寓話や民族として語り継いでいきたいという思いを込めて新たに童話が作られています。将棋についても日本の伝統文化を途絶えさせることなく、継承していくためにも裾野を拡大していくことが大切と思います。そんなわけで目指すのは「メルヘン的詰将棋」です。

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普及にオリジナリティは不要か?

 「初級詰将棋を通じて将棋の普及活動」という命題が私の課題と思っています。しかし、江戸時代からこれまでにたくさんの初級詰将棋が作られておりますから、あえて普及に創作詰将棋は不要ではないかと疑問を感じていました。
 つまり、初心者指導には江戸時代から伝わる初級詰将棋を題材にすればいいというわけです。
 最近ふと思いました。「将棋から長らく遠ざかっている将棋ファン」「将棋は強いのに詰将棋嫌いの将棋ファン」「詰将棋に理解があっても広めるつもりがない将棋ファン」そのような人達を刺激したい。
 やさしくて新鮮、ちょっとだけ見所があるような創作詰将棋がこのような人々に「詰将棋って面白い!」と刺激を与えることができたとしたら。
 そして、その人々が将棋の面白さや詰将棋を解く楽しみを周囲の皆さんにアピールしたとしたら、普及の連鎖が拡大していくのではないかと思うのです。
 そんなわけで普及活動にも創作詰将棋のオリジナリティが必要と考え直しました。

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羽生さん好局を勝ち切れず

 名人戦第七局。東京築地の朝日新聞社本社の大盤解説会に行きました。応援むなしく羽生さんが敗退して名人位を森内さんに明け渡しました。
 封じ手の局面では素人目で羽生さん有利。その後森内さんの指しやすい形勢でしたが、終盤では羽生ペースの指し回しが絶好調になっていました。
 しかし、飛車取りに打った2度目の2七銀が疑問手かと思います。羽生さんが勝利を掴み損ねて森内さんの逆転勝ちのようでした。木村八段の解説は指し手の説明は明快でかつトークも年季が入って面白く大好評でした。
 勝目のなくなった局面での粘りの手は羽生さんの無念の心境を表すかのようでした。羽生ファンの私はショックが大きいのですが、羽生さんはすぐに気持ちを入れ替えて次に立ち向かってくれるものと思います。

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羽生さんの快進撃

 今年の名人戦は尻上がりに盛り上がってきました。七番勝負のタイトル戦で3連敗4連勝は何度か出現していますが、もし今回羽生さんが勝ちますと名人戦では初めての記録となります。
 名人戦のスタートは、まさかの3連敗と変調でしたが5月中旬から負けなしの快進撃が続いています。王位戦では挑戦権を獲得して広瀬王位とフレッシュ対決が始まります。棋聖戦では深浦さんの挑戦を受ける5番勝負が始まってまず1勝。対局過多の羽生さん。対局中が研究時間になっています。
 あの大山名人は亡くなる直前まで生涯現役で活躍しました。「対局中が休憩時間」とも言われました。将棋連盟の会長職を勤めながら第一線で活躍というまさに超人でした。

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