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お陰様で通巻100号

 お陰様で本号(4月号)にて通巻100号となりました。ご解答ご投稿や皆様の暖かいご支援に厚く御礼申し上げます。当初の予定通り、10年通巻120号にて編集長を退任する予定です。引き継いで下さる方を募集しています。

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退職の心構え

 同じ職場にこの3月末にて定年退職される方がおられます。この方はもともと私利私欲からほど遠く、冷静沈着で温厚な方です。この方を悪く言う人はおりません。そして退職にあたって「会社のために言うべきことを言う」という方針を貫いて言いにくいことを発言されています。
 会社生活は立場上言いにくいことは言わずに過ごした方が大抵の場合働く本人にとっては無難でいいかもしれません。職場とか会社にとっては自由に意見を戦わせることができる雰囲気がいいのか、上位下達が徹底していてメンバーが誰一人として疑問やら不満を漏らさずにもくもくと仕事をするのがいいのか、悩ましいところです。
 しかし、自分のためではなく会社にとって良かれと思って発言される先輩の姿勢を見習いたいと思います。まさに退職者の鏡です。

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広澤克己さんの講演会

 元プロ野球選手の広澤克己さんの講演を聞いてきました。野村、長嶋、星野という3人の大監督の下でヤクルト、巨人、阪神で大活躍しました。信長秀吉家康の性格を表す「ホトトギス談義」になぞらえての野村、長嶋、星野監督ならどのように表現するかという名物監督の裏話がメインでした。
 私にとっては明治大学時代の島岡監督とのエピソードが印象に残りました。ドラフト1位でヤクルトに入団し、巨人、阪神で大活躍した広澤さんですから、学生時代も華々しかっただろうと思われていますが、明治大学1年生当時に島岡監督から徹底的に干されていたらしい。「嫌われていたからまともに練習をさせてもらえず、洗濯とか寒い日には焚き火の世話など下働きばかりであった」とご本人は言われました。チャンスさえもらえない自分に嫌気が差してしまいます。そして野球をやめようと夜逃げの準備をしているとある先輩が「監督は見ていないようで見ているよ。今は辛抱だ」と。
 島岡監督は広澤さんを嫌っていたのではなく、才能を認めていたために慢心しないように敢えて練習さえさせなかったのだと思います。島岡監督の深謀遠慮に感動しました。なお、鉄拳制裁を明治大学からプロ野球に持ち込んだ星野さんの功績は大きいと感じました。
 この講演会は主に若い人を対象に<元気><一生懸命>がテーマでしたが、引退直前の日本シリーズで不調で出番はもうないかもしれない、このまま引退か!と思われた場面で手の豆をつぶしながらベンチ裏で素振りに打ち込む姿勢。そして最終回に回ってきた代打指名。渾身の一振りがホームラン!
 「否応なしに求められる成果」「結果がすべて」という風潮の時代ですが、若い人達には「地道な努力は必ず報われる」といういい話だったと思います。

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最年長記録

 広澤さんのこのホームランは41歳6ヶ月。日本シリーズの最年長ホームランとのことです。プロ野球記録は45歳5ヶ月。現在42歳の楽天の山崎武司選手が密かに記録更新を狙っています。すでに年齢別最多本塁打の記録を保持しています。(39歳43本1昨年の41歳39本塁打)現役を続行できれば記録更新は確率が高いと言えます。
 どんな世界でも最年長記録は興味深い。健康を保ち、第一線の力を持続できれば可能性がぐっと高くなるのが特徴です。偶然性の要素が薄いだけに価値があるのではないでしょうか。

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「俺に返すな。後輩にしてやれ」

 学生時代の青臭い雰囲気の言葉ですが、芸能界の芸人同志のやりとりのようにも聞こえてきます。男気のある言葉で気に入っています。先輩後輩の麗しい関係でしょうか。損得抜きの美学を感じます。昔気質の人には初対面でも同窓というだけで心を許してしまう気のいい人が多かったような気がします。現在では何とか詐欺の格好の餌食になりそうです。

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社会貢献を貫く宗次徳二さん

 COCO壱番屋カレーハウスの創業者宗次徳二さんの本を読みました。天涯孤独、悲惨な子供時代の話は涙なしには読めません!しかも自分の生い立ちを高校生の時に知ったらしい。養父はとんでもないギャンブラーで宗次氏は経済的に苦労したらしい。しかし、孤児であった自分を引き取って親として面倒みてくれたことに感謝しています。そんなわけで経営者から引退された今、社会に恩返しをされているのだと思います。
 以下は私が感動した項目です。
(1)お客様の声を聞くアンケート方式を最初に取り入れた。
(2)FC店(フランチャイズ)展開に直営店の社員からの独立だけを認めている。
   絶対に失敗させない姿勢。またFC店からロイヤルリティを取っていない。
(3)自分の息子に経営を譲らなかった。
(4)モーニングサービスの過当競争の本場名古屋で喫茶店からのスタートでし
   たが、安売りサービスではなく真のお客様サービスを追及した。
(5)引退後にNPO法人を立ち上げ、クラシック音楽専用の「宗次ホール」を設立。

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必死のスリル

 必死には詰将棋にはない一風変わった面白さがあります。それは詰将棋にはないスリルのような感覚です。詰将棋では王手の連続ですから玉方は王手の応対をしなければなりません。例えば王手を続けている内は攻め方の主要駒を奪い取る余裕がないわけです。一方、必死問題では「王手」もしくは「詰めろ」の連続で攻めるのですが、「詰めろ」の場合には玉方は王手を避けなくてもいいので別の手が指せるという余裕が発生します。「詰めろ」を有効にかけたつもりが、主要駒を奪い取られて逃れということもあります。このスリルが必死の面白さの一面です。

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こだわり人物伝、升田幸三

 昨夜のNHK教育テレビ。升田幸三VS大山康晴。若い頃、升田さんにとって大山さんは『本気で指さなくても勝てる相手』『眼中にない相手』であったかと思います。少々自信をつけてきた大山さんに2枚落ちで本気を出して負かして「田舎に帰れ」と言ったというエピソードから思います。このことは升田VS大山の初期の対決にとって升田さんの不幸だったかもしれません。勝負事では一旦緩んだ脳の働きを全開させるには時間を要すると言われます。升田さんの頭の中に<ライバルとは思えない大山さん>が強く刷り込まれてしまっていたのではないかと思います。

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行方八段の入門書

 将棋世界3月号に行方八段の著書について日本文芸社の謝罪文が掲載されています。行方八段が知らない間に行方八段著の将棋入門書が発売されていたようです。不思議な話もあるものですね。昔、詰将棋作家として名高い清野静男八段の詰将棋集がご本人の知らない間に出回っていたことがありました。ご本人が昭和45年刊の「実戦型詰将棋新題」の序文にて書いています。詐欺の一種です。だまされた編集者や出版社もその杜撰さを非難されてもいたしかたない。原稿料は誰から誰に渡ったのでしょうか?振込口座は?
 今回、行方八段自身には何の落ち度もないと思います。しかし、昔から新聞週刊誌の掲載詰将棋では<弟子の作った詰将棋を師匠の名前で発表>という噂話がありました。また定跡の解説書も若手棋士やアマチュア実力者の仕事で偉い先生方はノータッチという話も聞こえてきます。このような話がもし本当であるとしたら、心ない人の話で片付けることはできません。業界全体の体質の問題かと思います。やはり○○先生監修、△△著と正しく表示すべきと思います。

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二重投稿問題

 同じく将棋世界3月号の詰将棋サロンで北浜七段が苦渋の報告をされていますが詰将棋パラダイス1月号と将棋世界2月号に二重出題が発生しました。作者は将棋世界誌の入選の厳しさをよくご存知と思います。投稿後の半年という時間経過により落選と判断したのだと思います。そこで詰将棋パラダイスに投稿したところいきなり掲載されたと思われます。
 いずれにしても近代将棋が休刊となりアマチュアの作品発表の場が少なくなっているだけに二重出題はもったいないですね。

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