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柴又旅行記

1.帝釈天参道
 東京出張の折り、寅さんで有名な葛飾柴又に行きました。京成電鉄柴又駅を出ると寅さんの銅像があります。海外からの観光スポットにもなっています。おそらく日本の四季折々や日本人の人情を伝える映画として海外でも人気があるのでしょう。帝釈天までの参道には「とらや」を初め食べ物屋や土産物屋さんが並んでいます。この「とらや」は映画のモデルでもあり、実際にロケの時には渥美清さんが連日訪れた座席は永久欠番になっています。この参道も帝釈天も多くの観光客で一杯です。男はつらいよ人気の始まる前にすでに人の集まる場所であったにしても現在の賑わいは映画の効果が大きい。

2.矢切の渡し
 映画の最初や最後によくでてくる場面は江戸川の川原のシーンです。ここでも何度もロケが行われました。そして矢切の渡しの渡し船は今でも健在です。もともとは交通手段としての渡し舟だったと思うのですが今や観光スポットとして存続しています。片道100円。伊藤左千夫の小説「野菊の墓」の別れの舞台となっており、歌謡曲「矢切の渡し」も多くの歌手が歌っています。細川たかしさんが一番有名で「細川たかし識」の碑がありました。

3.山本邸
「この辺りにはかつて川魚料理の老舗があり多くの文人が訪れた」と矢切の渡しの案内に書いてありました。なるほど別れの場所として有名ですが、風光明媚のスポットでもあります。
 山本邸はもともと寅さんとは直接の関係はなかったようですが、現在山本邸も寅さん記念館も東京都葛飾区が経営をしています。この山本邸の庭園は桂離宮と並ぶ日本3名園の一つと言われ、日本庭園ランキング調査で4年連続ベスト3に選ばれたとのこと。寅さんを巡る旅で庭園でゆったりと抹茶を頂くという予想外の展開になりました。

4.寅さん記念館
 さて寅さん記念館に入ると寅さんの生い立ちとその時代背景を人形劇で紹介しています。映画ではあまり触れられていないかもしれません。手のつけられない腕白坊主であった寅さん。戦争に駆り出される父親。妹さくらとの別れ。そして20年の音信不通の後の再会。涙を誘う場面です。そして名場面としてスクリーンで4場面を映し出しています。労働者としてツナギを着て張り切っている寅さん。メロンを巡って寅さんが家族の人数に数えてもらってないことに怒った寅さんの大騒動シーン。何回見ても笑ってしまいます。寅さん検定にもチャレンジしました。また48作すべての予告編の放映もありました。48作の重みを感じる記念館でした。

5.エキストラの思い出
 昭和49年の大船撮影所。当時、横浜で苦学生をしていた私は様々なアルバイトをしました。一番の思い出は松竹大船撮影所でのエキストラでしょうか。丁度その日は男はつらいよ第15作寅次郎相合傘の撮影でした。なんと私は後年に名場面となるメロンを巡る大騒動の撮影現場に遭遇しておりました。真剣に演じる役者さんの迫力に圧倒されていました。休憩時間に渥美清さんや浅丘ルリ子さんを間近に見ることもできました。渥美清さんは休憩時間は物静かにスタッフやエキストラの人に声をかけたりして何とも言えない味が滲み出ていました。

6.後日談
 私の出番はこの場面の少々後の通行人でした。友人と連れ立って<通行人>を見るために映画館に足を二度も運びました。出演料は映画代に消えて何のためのアルバイトかわからなくなりましたが最高の思い出になりました。

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リュックにスニーカー

 朝早く地方に向かう平日のJR。リュックにスニーカーの中高年。うらやましい。真似したわけではないのですが、最近、通勤はリュックにスニーカーにしました。スーツでは違和感がありますが歩く姿勢が良くなるように思います。腰痛対策でもあります。営業第一線の時は家を出た瞬間から企業戦士でしたが、今は通勤時間は楽しくですね。就業規則に反しなければよろしいかと。

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夕刊(その1)

 大手新聞社の夕刊はその日の午前中の出来事を伝えるという使命はもちろんあるのですが、どちらかと言うと文化芸術そしてスポーツ関係や旅情報などの記事が多いことが特徴です。
 スポーツ関係でもニュースというより話題に近い。囲碁将棋では朝日新聞も毎日新聞も申し合わせたように木曜の夕刊に囲碁将棋の特集があります。産経新聞の夕刊はなくなってしまったのは寂しいです。

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夕刊(その2)

夕刊紙というものがあります。ド派手な見出しで内容は週刊誌的であり、帰宅途中のサラリーマンを対象にしています。スポーツ記事もニュースを伝えるというより裏ネタが多い。低俗と切り捨てる人もいますが、一説によると大手新聞社が書かないこと、書けないことを書く。という意味で存在価値があります。あらゆる業界で合併やら再編が進められている割に新聞業界はそのままのように気がします。名人戦をきっかけとして朝日と毎日が合併するとか。再編して少なくするのも一案かと思います。思い切った記事を載せる夕刊紙はもう一つあってもいい。そして詰将棋は必ず掲載してもらいたい。

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有吉九段の引退

23日放送のNHK杯に続いて24日棋王戦での対局にも敗れて引退が本当に決まってしまいました。もともとC2組の順位戦で陥落して引退が決定していたとはいえ、勝ち残っている棋戦で勝ち続ければ引退が延びるという規定でした。師匠の大山名人は現役のまま闘病中に亡くなったために引退はありませんでした。そういう意味では戦いに明け暮れた壮絶な人生でした。有吉九段は引退するのは惜しいほどお元気ですし、普及活動に燃えていらっしゃるようです。次の人生をぜひ謳歌してほしいと思います。なお、有吉九段の特集をNHKクローズアップ現代で放送するという噂です。楽しみにしています。

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頑張れ!週刊将棋!

週刊将棋はいつの間にか330円に値上がりしています。日本経済新聞がジワジワと値上がりして160円というのもどうかと思います。日本経済新聞の値上げは値段を上げても読者は付いて来るという強気な感じです。週刊将棋は経費的に上げざるをえないという所でしょうか!新聞の装丁で週刊誌の値段です。内容もいいし、ニュース性もある。値段だけが問題です。値段を下げても購入者は増えないというのが将棋界の定跡なのでしょう。今週は名人戦決着ということで買いました。平均しますと月2回ぐらい買います。
 そこで提案があります。年間購入者は先払い半額なら読者は増えると思います。ジワジワ値上げではファンの拡大もできずにジリ貧です。読者作品の懸賞詰将棋コーナーもいいかもしれません。とにかく思い切った手妙手で頑張ってもらいたい。

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羽生さんの挑戦

 通算勝利数。大山さん1433勝。羽生さん1097勝。順調に行けば10年以内に追い抜くでしょう。棋戦の多い時代になって羽生さんが追い抜くための条件はいい。タイトル獲得回数。大山さん80回。羽生さんが今回の名人戦で76回。また一歩近づきました。名人位獲得回数。大山さん18回。羽生さん7回。これはなかなか大変です。米長さんは50才で初めて名人位を獲得してニュースになりましたが、羽生さんは今年40才。今の名人位を50才を超えてさらに保持続けなければ大山さんの記録を越えられません。
 当面の課題はあと一期で永世竜王となる竜王位です。永世7冠こそ最大の課題でしょう。一昨年3連勝から4連敗して取りそこないました。渡辺竜王との因縁の対決が楽しみです。

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名人戦観戦の旅

 名人戦第三局観戦ツアー千葉県野田市に行ってきました。詰将棋保存会の荒川貴道さんと初形曲詰創作で有名な河内勲さんとご一緒させてもらいました。そして今回名人戦を野田市へ誘致するにあたり、日本将棋連盟関根金次郎支部幹事長としてご尽力された野田市在住の松尾師孝さんにもお会いできました。感動とハプニングの中味の濃い1泊2日でした。

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将棋の町野田市

 野田市はしょうゆの町として千葉県の北西部に位置しています。平成15年6月隣りの関宿(せきやど)町と合併しました。この合併が野田市が将棋の町へ歩む発端でした。そして今回の名人戦開催に繋がって行きます。
 関宿町はあの実力制名人戦を切り開いた関根金次郎十三世名人の故郷です。そして故渡辺東一名誉九段の生家はすぐご近所です。同名誉九段は羽生さんの師匠二上九段や森内さんの師匠勝浦九段の師匠です。つまり羽生さんと森内さんは従兄弟というわけです。この関宿町が生んだ関根金次郎さんと渡辺東一さんの二人の偉人が野田市を将棋の町として再び蘇らせました。

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関根金次郎13世名人

 江戸時代の名人はタイトル戦ではなく世襲制でした。一度名人を襲位しますと死ぬまで名人です。別の見方をしますとどんなに強い人でも名人が亡くならない限り、名人を名乗ることはできなかったということです。さらに名人の権威を守るために挑戦することさえ許されない …そんな閉鎖的な世界でした。
 十三世名人を襲名した関根名人は世襲制を廃止し、実力で勝ち取った人が名人となる実力名人制度つまり現在のタイトル戦方式を提唱しました。近代将棋の父と呼ばれる所以です。

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