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出向解除

 この6月から出向解除で元の会社に戻るのと同時にいきなり秋田支社勤務の辞令をもらいました。
 1年前まで名古屋に単身赴任していましたので再び単身赴任です。つい先月新居に引越したばかりで荷物が片付かないうちに再び荷造りというのも転勤族の宿命でしょうか?20年近く前に初めての転勤で宇都宮駅に降り立った時には知人が一人もいない状態からのスタートでした。そして今回も秋田県には知人が全くいないスタートです。

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営業第一線

 秋田支社では再び営業第一線の戦場に出ることになりました。この年齢で営業第一線で仕事をすることを命じられたことは<まだまだ若いおまえならできる>とお墨付きをもらったと解釈しています。
 単身赴任で何もかも自分でという面倒はありますが、<気持ちの若さ>を発揮したいと思っております。いずれにしても自分の使命が何であるのか見極めて仕事をしたいと思います。

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途中下車

 前回の名古屋勤務の時は単身といってもほとんど毎週末に大津に帰ってくることができました。今度は秋田からは費用と時間がかかりますので容易ではありません。
 東京経由の新幹線では6時間半、飛行機では4時間強、夜行の寝台特急は約11時間かかります。しっかり寝ることができれば寝台特急を重宝したいと思っています。
 1昨年に満喫?した北陸出張、激務だった宇都宮、学生時代に過ごした横浜、帰りにちょっと一服もまた楽しからずや。

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一人旅と単身赴任

 30年前に就職直前にブラリ<東北一人旅>をしました。その第一の宿泊が普通列車を乗り継いでたどり着いた秋田駅でした。駅前の裏ぶれた旅館に一人さびしく泊まりました。
 その翌日は情緒たっぷりの五能線経由で青森へ。そして当時、石川さゆりの唄で有名になった竜飛岬。道中にヒッチハイクをしたら運良く旅館の御曹司の車でした。乗せてもらった上に高級旅館に格安の2泊目でした。
 3泊目は十和田湖畔に行きました。3月でも吹雪で一面の雪景色。夜にバスを降りて猛吹雪の中、旅館を探しました。危なく凍死するところでした。<単身赴任>も<一人旅>も心がけ次第、楽しみ方次第なのでしょう。

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テレビなしの生活

 家族といるとどうしても見るつもりのないテレビをズルズルと見てしまったりします。今回の単身赴任はテレビなしの生活をする予定です。
 <温泉><読書><詰将棋>を家族に邪魔されずに満喫しようと思っています。おっと男料理も始めなくては・・・
 自分自身と向き合う絶好のチャンスを与えられたことに感謝の気持ちです。

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「カレンダー通り」

 ありがたいことに<カレンダー通り>に土日休ませていただいて30年になります。2月3月は学校行事の関係で土日出勤も続きましたが季節的なものです。夏休みが多く振替休日もとれる状況ですので恵まれていると思います。
 かつて奉公人が盆・暮れ以外には休まずに働くというのが通常だった時代もあったらしい。今でも個人商店の経営者は正月と法事以外365日休まないみたいな人もいますし、残業手当なし、しかも容赦なく土日出勤も頻繁にあるような営業マン。あるいは営業でなくても自分がいなければ会社が回っていかないということで過酷な勤務実態にあるサラリーマンも多いことと思います。
 私の場合の一番過酷な時期は30代の営業第一戦で土日出勤が恒常的にある中で土日全くなし1ケ月以上連続終日働き続けたとがありました。その頃を思い出しますと<カレンダー通り>というのは実に有難いことと感謝しております。

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偶然か運命の出会いか?

 子供の頃に名古屋に住んで知人友人に偶然に出会うという経験は稀でした。昭和30年代40年代の名古屋はすでに200万都市で大都会であったからでしょうか。昭和60年頃に宇都宮に転勤して思ったことは<偶然に知人>に出会うことの多さです。37万都市ではありましたが、県内の有名百貨店を休日30分うろうろすれば誰かに出会うとささやかれていました。そのことは私にとって息苦しさを感じたものでした。転勤先の知人といえばすべてお得意様もしくは会社の人であって心が休まらないからです。
 2度目の名古屋勤務時代に転勤前に偶然の出会いが相次いでありました。近鉄四日市駅で中学時代の旧友に名鉄岡崎駅で恩師と。こういう出会いは偶然ではなく運命の出会いのように感じます。そういう出会いを大切にしていこうと心がけております。
 そして、最近ではJR湖西線やJR西大津駅やJR南草津駅にてこの1年間に多くの偶然の出会いがありました。偶然出会ってそのまま一杯というスタイルは何とも素晴らしいと思います。

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学生時代にクラブ活動で学んだこと

 小学校で野球、中学でサッカー、高校でラグビー、大学でアメリカンフットボールをクラブ活動でやっておりました。
 好きでやり始めたスポーツにもかかわらず、練習が嫌で<サボる>ということも時々ありました。<練習=つらい>というイメージ。そして子供同志の間ではズル休みは許さないぞという相互に監視しあうような雰囲気もありました。
 小学生の時、風邪といって練習を休んで家の近くで遊んでいて後に問題になったことがありました。(チクられました。)また、少しのケガで練習を休むことを<見学>と称して、練習しなければならない健常者から羨望のまなざしで見られたものです。そんな中で自分ながら自慢に思うことは小学校から大学まで一度入部したらクラブ活動は途中で退部することなく卒業まで在籍したことです。
 受験勉強は自分にとって何だったのか?クラブ活動は何だったのか?我慢とか忍耐を体得する機会であったように思います。

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