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新幹線5時間ストップ

 新幹線が五時間ストップというのは10年か20年に一度あるかどうかの出来事でしょうか?開業当初は「新幹線は雨や雪に弱い」などと言われて米原辺りで不通になったことがしばしばという記憶があります。
 さてその新幹線のストップの影響をまともに受けてしまいました。3日朝、旭丘ラグビーOB会に出席するために家を出ましたが、京都駅で足止めされました。会の集合時間は午後ですから、在来線という選択も当然ありました。しかし、ストップの原因が沿線の火災で新幹線が燃えているのではない。ダイヤの乱れはあってもすぐに運転再開されるはずと判断しました。
 この判断がどつぼの始まりでした。人々が溢れる京都駅にて9時、10時、11時……。待てど暮らせど再開しません。しゃあないなあ~。近鉄特急でゆったりとはどうかな?と切符売場へ向かうとそこも長蛇の列です。そこでやっと在来線を選択しました。山科、大津、膳所まで来て今度は在来線がストップしました。草津と栗東間で人身事故とか。ついていないとはまさにこのことです。次に何かあったら名古屋行きは中止じゃあ!とぶつぶつ言いながら京都駅に戻って新幹線の運転再開を待つことにしました。待つこと4時間、12時前にしてやっと運転再開の兆し。停車中ののぞみ号はラッシュ時そのものの超満員です。反対側に停車中のひかり号は指定席が結構ガラガラでした。やはり皆さん先を急ぐのでしょう。
 さてその空いているひかり号を選択したのが正しかったかどうか!岐阜羽島にてのぞみ号の通過待ちです。普通は一本なのですが、どういうわけか二本三本四本…。そして名古屋駅の直前でもホームが空くのを待たされました。超満員ののぞみ号が正解だったとは思えませんが……。

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会津、越後紀行

ロングドライブ新記録
秋の三連休。長男の慶事のこともあって福島県の会津若松そして越後湯沢の貝掛温泉に車で行ってきました。台風が来ることがもっと前からわかっていましたら旅行行程も見直しも、車で行くことは取り止めたかもしれません。台風発生を知ったのは旅行開始の直前の13日でした。台風18号は16日あっという間に全国各地に大きな被害をもたらしました。特に地元の大津市、京都市、福知山市、小浜市の被害を旅先のテレビで知ることになるとは……。結果としては計画通り、宿泊は新潟経由で会津若松、新潟貝掛温泉でした。最終日は長距離ドライブの疲れを考慮して途中富山にて宿泊して帰る予定でしたが、一日繰り上げて新潟から540kmのロングドライブにて無事に帰ってきました。この540kmも私には新記録です。また4日間の走行距離は1600kmというのもかつてなく、この年になって記録を塗り替えることになるとは!

大内宿
 出だしの3日は予定通りでしたが、道中は台風情報を確認しながら、常に予定変更を検討しながらハラハラヒヤヒヤ、のんびり温泉にという計画からほど遠い神経をすり減らす旅になりました。そんな状況でしたが、会津の大内宿はぜひとも行きたいと思っていました。大内宿は最近では人気が高く、江戸時代初期に整備された日光から会津に抜ける日光街道沿いの宿場町です。茅葺の農家が今では「重要伝統的建造物群」として「土産物屋さん」「そば屋さん」となって観光産業の主柱になりました。NHK大河ドラマ「八重の桜」との相乗効果で福島県の中でも一、二を争う観光地になっています。そんなわけで連休中の駐車場への道路の渋滞が予想されました。ところが台風が近づきつつある中、すんなりと行けましたのは台風効果で不幸中の幸いでしょうか?江戸時代にタイムスリッピしたような錯覚に……というほどではありませんでした。

貝掛温泉
 貝掛温泉へはまさに台風18号の影響で道中行けなくなる可能性がある中、早朝朝飯抜きで出発しました。「日本秘湯を守る会」の会員宿だけに道中危険も伴います。道路状況を宿に電話で確認しますと「一級国道からすぐ近くですから大丈夫です」と力強い返答でした。この言葉に勇気づけられましたが、雨は強くなってきますし、途中の河川は溢れんばかりの水量です。事実、国道17号からの距離は短く、秘湯の宿としては一番の便利さでしょう。そしてなんとか旅館にたどり着いたのが午前10時です。通常ならばこんなに早い時間にはチェックインはできないのですが、事情をわかって頂いていましたので快く迎えてもらいました。「無理して来なくても良かったのに…」とは思われなかったと思いますが……。
 貝掛温泉は目にいいと評判です。緑内障の疑いで経過観察中の私としましてはかねてより、チャンスをみて…行って見ようと考えていました。源泉にて目を洗うのが一番かと思いますが、「メグスリノキ」というお茶とか目にいい飴もありました。最近では九州熊本の日田温泉やら奈良県の十津川温泉が大雨で大変な被害にあっているのも記憶に新しい。全国的に大雨の被害が拡大しているこの頃です。温泉宿のわきを流れる谷川の水位は高く、轟音とともに濁流が流れています。そして「お客さん、駐車場が危険になってきましたのでお車を玄関前まで避難させて下さい」と。ン~車だけならいいのですが、この建物はどうか?あの濁流に飲まれはしないか?すぐ裏の山は崩れて来ないかとか。心配になりました。この温泉の歴史は700年というのが売りのようです。700年だから大丈夫とは限りません。「観測史上初」という話が珍しくも何ともない昨今の気象状況ですし。
 そしてたった今、通ってきた国道は雨量が基準値を超えて通行止めになったというニュースが入りました。まもなく高速道路も通行止めに。来ることができたことを喜ぶべきか、来てしまったことが不幸の始まりなのかこの時点では知る由もなし。
 ますます不安になりながらもせっかくの憧れの温泉ですから、まずは露天風呂に入ることにしました。なんと露天風呂に雨水が流入して「熱めです」とかかれた看板にも関わらず、なんとぬるい。いたしかたなく内風呂で目の保養に専念することにしました。
 そして翌朝、濁流は嘘のように清流に変わっていました。台風一過の道を岐路につきました。道中の千曲川は水位も高く濁流です。やはり秘湯の河川は上流にあるから清流への変身も早いのでしょう。
そんなわけで日頃の心掛けがいいものですから、素晴らしい旅となりました。こうして旅の記録を書いていられることを感謝しなければなりません。

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「モクモク」

 三重県に「モクモク」という温泉施設および農作物の直売所があります。新鮮な野菜やら腸詰ウィンナーソーセージが美味しい!!大阪駅北側の駅ビルに最近その「モクモク」が進出していてビックリしました。都会のど真ん中に「道の駅」ができたような感じです。

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虹岳島荘

 先日家族サービスにて福井県の虹岳島荘に行って参りました。平成21年の秋に富山県黒薙温泉にてお会いした方から「秘湯を守る会」を教えて頂きました。その後苦節?3年。やっとのことでスタンプが完了し、今回その恩恵に預かりました。ほとんどのスタンプが会社の友人と一緒(山陰など)もしくは単身赴任先からの単独行(東京→栃木など)でしたが、この旅は家内と娘と初孫(七ヶ月)を連れての旅行になりました。
 虹岳島荘は名前の通り、「虹」が有名なのでしょうか?雨が降った形跡がないのに虹を見られて感動いたしました。「三方五湖雨も降らずに夏の虹」。スエヒロの経営者が始めた町おこしを現経営者が引き継いでおられるようです。温泉は安土桃山時代から湧き出ているとか。
 今回は新しい発見がありました。大津から京都の北部の大原三千院を通って朽木経由にて行きました。琵琶湖にそそぐ河川は多いのですが、琵琶湖から流れ出るのは瀬田川(淀川に合流して大阪湾に)のみという話は有名です。そして大津市内を流れる川はすべて琵琶湖に注ぎ、太平洋に流れていくものと思っていましたが、市町村合併もあって大津市の北部の川からはなんと日本海に流れていることを知りました。大津市の一部は北陸地方とも言えます。

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旅の楽しみ

 旅の楽しみは出発前の時間。単に座席指定にて…では楽しみも中くらい。予約した電車に乗り遅れないように気を使ったり、プラットホームで電車を待つのも趣がない。一番の楽しみは始発電車が早めにプラットホームにいて出発前からゆっくりとできるのがいい。とは言うもののそのようなチャンスは余りない。東海道新幹線の東京からの帰り。九州方面への新大阪発。近鉄特急の伊勢方面行きの京都発。南海特急の高野山行きの難波発。その他私鉄には観光地に向かう少々贅沢な特急がいろいろあります。旅の楽しみの基礎編かもしれません。通勤特急はどうにも味気ない。

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蟹江紀行

 その一週間後、『芭蕉と義仲の会』の春の定例行事に参加しました。今回は木曽義仲ゆかりの寺であり、奥方巴御前が祀られている愛知県蟹江町に日帰りバスツアーにて行きました。「蟹江山龍照院常楽寺」には国の重要文化財に指定されている十一面観音像が安置されています。
 本能寺の直後、秀吉と家康が覇権争いの戦いをしたことは歴史の中で学びました。その小牧長久手の戦の後に蟹江合戦」という戦争があったらしい。ん?猿カニ合戦?少し違うようです。
 また蟹江という地名の由来はかつて川蟹がいっぱい生息していたことによるとのこと。今は繰り返す水害に備えて河口を遮断しているために海水が上がってこないために蟹は生息できなくなりました。惜しい?しかし、川蟹は食べられないとのこと。愛知県人でありながら知らないことばかりでした。愛知県出身というのはしばらく黙っているようにします。
 そして蟹江町出身の小酒井不木は郷土の誇る推理小説家。医者でもあったので医学関係の執筆も多数。39歳という若さで亡くなりましたが、執筆の多さにもビックリ。あの有名な江戸川乱歩がサラリーマン時代に「小説家」として生きていくように諭したという。江戸川乱歩にとって恩人とも言える存在です。俳句にも造詣が深く不木の創設した俳句の会は今でも活動を続けているとか。
 私のお粗末な一句。『春一番蟹江の里に帽子舞う』
                    

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下呂紀行

思い出は写真を残しておくのも一つではありますが、随想に書き残しておくのもまた一興です。そして俳句があればなおさらいい。まずは旧友と行った下呂温泉。名古屋からの車組と下呂温泉にて現地集合でした。私は特急『ひだ』にて滋賀県草津から乗り換えなしでのんびりとした汽車の旅の予定をしました。ところが淡路島にて早朝発生の震度6の大地震の影響で近畿地方一帯の鉄道各線は朝から大混乱でした。そのために予約していた特急が運休。何本かの電車を乗り継いでやっとの思いで下呂温泉に到着。
 桜が満開の下呂大橋の袂で一句。『桜散る川原で遊ぶ下呂の鳩』

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富山紀行

①「高岡大仏」
高岡は青銅器で有名です。そして大仏と言えば奈良と鎌倉です。なかなか三番手の高岡大仏は話題になりません。青銅器の技術がこの大仏に結集されました。当初の1221年に出来上がった時は木造でした。江戸期1609年前田利家がこの地に移設した時もまた木造でした。度重なる火災の惨禍から1900年代に青銅での建造となったという話です。
 通称「高岡大仏」。お寺の正式名称は浄土宗鳳徳山大佛寺。境内に「人を喜ばした時が自分が一番喜ぶ時だ」とありました。まさに至言です。
②「国宝瑞龍寺」
次は国宝瑞龍寺。7年前に来たのは真夏の暑い日でした。「猛暑にもめげずにそびえる瑞龍寺」と詠んだ俳句も覚えています。
 前田利長を弔って建立された寺です。墓所を結ぶ瑞龍寺参道(八丁道)は石灯籠に石畳、駅から近い場所にて贅沢な空間になっています。今は富山県高岡市ですが江戸期は加賀前田家の領地だったのです。曹洞宗総本山の永平寺に伽藍の配置がどこかしら似ています。禅寺ですから大勢の修行僧が共同生活をしていたことがどでかい釜から伺えます。ボランティアのガイドさんのお話も興味深く、さすがに国宝瑞龍寺と感動しました。
③「万葉…」一色
  高岡市は奈良時代の歌人、「万葉集」の編者として有名な大伴家持ゆかりの地です。そんなことから、この高岡は「万葉鉄道」「万葉新聞」「万葉製菓」…。なんでもかんでも「万葉…」で売り出そうとばかりネーミングは「万葉…」一色です。
そして「万葉歴史館」は立派な文化観光施設として平成2年に設立されました。和歌マニアや文芸歴史マニアには受けるかもしれませんが、「万葉集」は地味ですからどっと観光客が訪れるわけには行かないようです。まあ、将来建設予定の詰将棋博物館と比較しましたら、どうでしょうか?
小春日和。都会の喧騒から無縁の丘の上から眺める富山湾。ゆったりとした時間が流れて行きます。まさに万葉集の時代に舞い戻った気がしました。
④「二上山」
  二上山。高岡市では一番高い山です。と言っても標高274mですから、小高い丘程度でしょうか?大伴家持の歌にはたびたび登場します。
「玉くしげ二上山に鳴く鳥の声のこひしき時は来にけり」。将棋の二上九段は北海道のご出身です。しかし、この地と北海道の行き来は古くからあったようですので二上九段のご先祖は二上山のご出身かもしれません。
⑤知られていない地名
富山県には富山市以外にどの様な都市があるのか、市町村合併もありましたし、他府県にはよく知られていないような気がします。高岡市に隣接して射水市、氷見市など。射水市はもともと射水郡と新湊市の合併でできた市で新しい市名の決定に際しては一悶着あったとお聞きました。
⑥「万葉線」
 万葉線は高岡駅前から射水市越ノ潟までの路面電車です。ヨーロッパ風の最新車両は洗練されたヨーロッパの都市を思い起こします。実際にヨーロッパから輸入しているらしい。観光地としての街作りと市民の足を確保することと両面あるのではないかと思います。
⑦「きときと市場」
 新鮮な魚の宝庫、富山湾は富山県の宝です。「きときと市場」に行きました。「きときと」とはこちらの方言で「新鮮な」という意味とお聞きしました。
⑧「新湊大橋」
 新湊大橋はつい最近出来上がりました。利便性のためであることは第一ですが、観光資源の価値が大きい。雄大な富山湾を高い橋の上から見下ろすように見るのが素晴らしい。地球が丸いのを実感できました。有料でないのもまた素晴らしい。
⑨「うみあかり」からの絶景
  宿泊したのは「うみあかり」以前は「氷見グランドホテルマイアミ」でした。名前を変えたのは経営者が変わったからかどうかわかりませんでしたが、おそらくオーナー経営者の世代交替に絡んで一悶着があり、そして営業方針の改訂があったかと思います。(勝手に推測しました)
  岩風呂が風情もあってなかなかいい。また大浴場露天風呂から富山湾越しに見る立山連峰からの日の出も筆舌に尽くし難い。というものの実は5時に起きて露天風呂にて日の出を待ったのですが、曇り空にて残念なことに見られませんでした。いずれにしてもJRセットプランとしておすすめできるかと思います。(やはり口コミですね)
⑩イチ押し富山県
富山湾越しの立山連峰の山々は富山県の宝の一つでしょう。豊かな漁場としての富山湾。さらに米処として酒処としても富山県は名が知れています。また春先に見られる富山湾の蜃気楼も名物の一つです。蜃気楼と言えば琵琶湖でも 見られるとか言われていますが、まだ私は見たことがありません。
 さて今回の旅行は昨年夏の松本市で行われました詰将棋全国大会にて知り合いになった高岡市のFさんと射水市のOさんに大変お世話になりました。今後も詰将棋の取り持つ縁を大切にして行きたいと思っています。
⑪詰将棋全国大会
詰将棋全国大会は毎年真夏の7月第三日曜日に行われています。昨年は長野県松本市でした。今年は名古屋にて開催されます。そして再来年が東京でその翌年は関西です。つまり地方都市→東京→名古屋→関西→地方都市のサイクルで実施されています。
 次の地方都市開催地は岡山市が候補地として可能性が高いらしい。その次の地方都市開催地として富山県がぜひ名乗り出てほしいと思います。
                                                以上

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有馬旅行記

 有馬温泉一泊旅行に行って参りました。前回は切手収集が趣味でした亡くなった父を偲んで有馬切手博物館に行きました。今回は有馬に将棋寺があるとの噂を聞き付けていましたが、事前準備が充分にできておらずにどこなのかわからずに断念。
 その代わりにオシャレなカフェが昨年オープンしたとの噂に従ってモーニングコーヒーを楽しむことにいたしました。噂によりますとそのご主人は40数年のサラリーマン生活にピリオドを打ち、念願のお店を開いたとの話でした。サラリーマンを続けながら、自分のやりたいことを実現した人には大変興味があります。その店の名は「cafeギルビー」。神戸電鉄有馬温泉駅から中の坊瑞苑(将棋の王位戦でお馴染み)方向の昇り坂を10分ほど歩いた見晴らしのいいところにありました。
 薪ストーブが雰囲気をかもし出しています。またテラスからの眺めも有馬温泉街をゆったりと見下ろす感じで優雅な世界に浸れます。ご主人はサラリーマン時代から機械に強く、お店の細かいことはすべて自分自身でされています。また薪は購入すれば手間も掛からないのですが、ご自分で裏山から刈り取り、一年かけて乾燥させて利用されています。壁の絵画などもセンスがいい。手荷物を置く籠や膝掛けが用意されていて都会的でもあります。(当たり前ですがな、住所は神戸市でっせぇ~!)
 さてお客様はどんな方が多いのかお聞きしました。圧倒的に多いのは女性グループです。いわゆる「女子旅」っというわけですね。カップルにも人気スポットになっています。中高年のオジサン達は少ないらしい。スポーツ新聞の詰将棋を解くのが楽しみにしている私は「スポーツ新聞を置いては?」オシャレな将棋駒もありますよ」「ご近所の中高年が将棋を指すのを楽しみにして常連さんが定着するかも?」などと誠にオセッカイな発言を繰り返しました。
 ご主人の本音……「ん~?将棋じゃとぉ~?せっかくのカフェの雰囲気がぶち壊しじゃあ~」(でもこのご主人将棋、実はかつてお好きだったのです)
 さて一つだけ事前の情報に誤りがありました。ご主人の長年の夢の実現ではなくてオシャレなカフェは奥様の夢だったらしい。つまり、頼りになるご主人の定年退職に合わせてお店をオープンしたというわけです。
いやはやご馳走さまでした。夫婦で協力し合って好きな仕事を元気に続けて行く…。なんとも羨ましい。長年の夫婦の会話はお店のオープンに向けての戦略会議だったのでしょう。

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旅亭紅葉の閉館

 観光地琵琶湖の一つのシンボルでした『旅亭紅葉』が今月末に幕を閉じます。すでに遊園地『紅葉パラダイス』は20年以上も前に閉鎖となっていました。名古屋にいた子供の頃、テレビにて『紅葉パラダイス』のCMが頻繁に流れていたのが懐かしい。祖父の遺品の中に『旅亭紅葉』からの手紙が残っていてわかったことですが、この辺りは昭和の初期には大津市白玉町と呼ばれていました。現在はこの地名は残っていません。関西からはもちろん、名古屋方面でも観光地・琵琶湖が人気が高かったのでしょう。
 さて閉館に当たって「従業員に退職金を支払う余力のある内に決めた」と経営者の談話が新聞に掲載されました。また県内企業の採用担当者の声として「しっかりとした教育を受けている旅亭紅葉の従業員ならばぜひ採用を考えたい」という話が紹介されています。我が家から歩いて5分の「旅亭紅葉」の跡地には何がてきるのか興味があります。競艇とか競輪はすぐ近くにあるのですが、観光地・琵琶湖を復活させるような活用を期待しています。

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